✦ ツキヨミ ✦

616日は何の日?

6件の記念日があります

和菓子の日食べ物・飲み物

制定:全国和菓子協会(1979年)

由来・理由

848年(嘉祥元年)6月16日、仁明天皇が16種の菓子を神前に供え疫病退散を祈った「嘉祥の儀式」に由来。全国和菓子協会が1979年にこの故事にちなみ制定した。

雑学・小話

和菓子は日本の四季や文化を映す芸術品。上生菓子(じょうなまがし)は茶道の世界で発達し、季節の草花や風景を繊細に表現する。羊羹・饅頭・大福・どら焼きなど種類は多岐にわたる。砂糖が高価だった江戸時代、和菓子は贅沢品として珍重され、将軍へ献上するための「御菓子所」が各藩に設けられた。現在でも老舗和菓子店では職人が手仕事で季節の菓子を作り続けている。

麦とろの日食べ物・飲み物

制定:株式会社はくばく

由来・理由

「むぎ(6)とろ(16)」と読む語呂合わせから、山梨県中央市に本社を置く株式会社はくばくが制定し、日本記念日協会が認定した。麦とろごはんの美味しさと栄養バランスの良さを多くの人に知ってもらうことを目的とする。

雑学・小話

麦とろごはんは、大麦や押し麦などを混ぜて炊いた麦飯の上にすりおろした山芋(とろろ)をかけた料理で、江戸時代から滋養食として珍重されてきた。徳川家康も麦飯を好んで食べたとされ、東海道の名物料理としても知られていた。麦には食物繊維・ビタミンB類・ミネラルが豊富に含まれており、夏の発汗で失われやすい栄養素を補うのに優れている。山芋(とろろ)には消化酵素(アミラーゼ)が含まれ、麦の栄養成分の体内吸収を助けるとされる。また山芋のネバネバ成分(ムチン)は胃腸の粘膜を保護する効果があるとも言われる。二つを組み合わせることで、夏バテ対策に理想的な一品となる。現代では健康志向の高まりとともに大麦の機能性(β-グルカンによる血糖値上昇抑制・コレステロール低下)が再評価され、スーパーフードとして注目を集めている。

スペースインベーダーの日企業・業界

制定:株式会社タイトー(2018年)

由来・理由

1978年6月16日に株式会社タイトーが開発・発売したアーケードゲーム「スペースインベーダー」が初めて世に披露された日にちなみ、発売40周年を迎えた2018年に同社が制定し、日本記念日協会が認定した。

雑学・小話

1978年6月16日、タイトーが発売した「スペースインベーダー」は日本のゲーム史を変えた伝説的な作品だ。上から降りてくるエイリアンを砲台で撃ち倒すシンプルなルールながら、ゲームセンターに設置されると連日長蛇の列が生まれ、喫茶店やスナックのテーブルのほとんどがインベーダーゲーム台に改装されるほどの社会現象を巻き起こした。全国で100万台以上が設置されたとされ、当時の日本全国から100円硬貨が消えたという話は都市伝説として今も語られる。スペースインベーダーはゲームセンター(アーケード)文化を日本に根付かせ、後のパックマン・ゼビウスなど多くの名作を生む土壌を作った。海外でもヒットし、アタリ社が北米向けに移植したことでゲームソフト産業が飛躍的に発展するきっかけとなった。独特の効果音(インベーダーが下降するにつれてテンポが速まる電子音)は今なお多くの人の記憶に刻まれている。

無重力の日社会・国際

制定:北海道上砂川町(1991年)

由来・理由

月を「む(6)」、日を「じゅうりょく(16)」と読む語呂合わせで「無重力(むじゅうりょく)」となることにちなみ、炭鉱跡地を活用した地下無重力実験センター(JAMIC)を擁していた北海道上砂川町が1991年3月に制定した。

雑学・小話

北海道空知郡上砂川町はかつて三井砂川炭鉱の坑道が張り巡らされた炭鉱町だった。石炭産業の衰退に伴う閉山後、710メートルの縦穴(旧中央立坑)を活用して1989年に「地下無重力実験センター(JAMIC)」が誕生した。真空状態のカプセルを約10秒間自由落下させることで微小重力状態を再現し、燃焼・流体・材料など宇宙環境を想定した実験が行われた。最大10秒間の無重力環境を地上で生成できる世界トップクラスの施設として、NASAなど海外機関も研究に訪れた。しかし運営コストの問題から2003年に閉鎖された。惜しまれつつ閉じられたが、この施設での研究成果が宇宙探査機「はやぶさ」の設計にも貢献したとされ、その功績として小惑星イトカワの地形に「上砂川」と名付けられた。廃炭鉱を最先端科学施設に転換したこの挑戦は、地方の産業転換と科学教育の可能性を示した事例として語り継がれている。

アフリカの子どもの日社会・国際

制定:アフリカ統一機構(OAU)

由来・理由

1976年6月16日、南アフリカ共和国ヨハネスブルグ郊外のソウェトで、アパルトヘイト政策に反対する黒人学生たちの平和的な行進に警察が発砲し、多数の若者が命を落とした「ソウェト蜂起」に由来。アフリカ統一機構(OAU)がこの日を「アフリカの子どもの日」と定め、子どもたちの権利向上と教育機会の拡充を訴えている。

雑学・小話

1976年6月16日朝、南アフリカのソウェト地区で、学校教育にアフリカーンス語(白人支配層の言語)を強制するアパルトヘイト政府の政策に抗議する数千人の黒人学生が平和的なデモ行進を始めた。しかし警察は催涙ガスと実弾を用いて鎮圧し、13歳の少年ヘクター・ピーターソンを含む多くの若者が命を落とした。その後も各地に抗議が波及し、数か月にわたる蜂起で推定575人以上が死亡したとされる。ヘクター・ピーターソンが撃たれ、友人に抱えられながら搬送される写真は世界に配信され、アパルトヘイトの残虐性を国際社会に広く知らしめた。南アフリカでは1994年の民主化後、この日を「ユース・デー(青少年の日)」として国民の祝日とし、ソウェトにはヘクター・ピーターソン博物館が建てられている。現在もアフリカ大陸各国でこの日は子どもの教育と権利のために闘った若者たちへの哀悼と連帯の日として記憶されている。

ケーブルテレビの日企業・業界

制定:郵政省(現・総務省)(1991年)

由来・理由

1972年(昭和47年)6月16日に「有線テレビジョン放送法」が成立したことにちなみ、郵政省(現・総務省)が1991年に制定した。

雑学・小話

日本のケーブルテレビ(CATV)の歴史は1955年ごろ、山岳地帯や難視聴地域でテレビ電波を受信するための「共同アンテナ」から始まった。群馬県伊香保温泉や奥多摩などの山間部でアンテナを共用する組合が生まれ、これが日本のケーブルテレビの原型とされる。1972年の有線テレビジョン放送法成立により法整備が進み、1980〜90年代にかけて多チャンネル化・インターネット接続サービスとの融合が進んだ。現在では約3,000万世帯が利用する生活インフラとなっている。地上波では放送されない映画・スポーツ・ドキュメンタリー等の専門チャンネルを提供し、地域情報チャンネルや行政チャンネルなど地域密着型の放送も担っている。2011年の地上デジタル放送完全移行ではケーブルテレビが地デジ化を支える重要な役割を果たした。なお有線テレビジョン放送法は2011年に放送法に統合されて廃止されているが、記念日はケーブルテレビ文化の礎として受け継がれている。

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