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64日は何の日?

6件の記念日があります

虫歯予防デー健康・医療

制定:日本歯科医師会(1928年)

由来・理由

「む(6)し(4)歯(8)」の語呂合わせにちなみ、1928年(昭和3年)に日本歯科医師会が制定。現在は6月4〜10日の「歯と口の健康週間」(2013年〜改称、旧称「歯の衛生週間」)として継続されている。

雑学・小話

虫歯予防デーが始まった1920年代、日本人の虫歯有病率は非常に高く、特に子どもたちの歯の健康は大きな社会問題だった。歯磨き粉メーカーのライオン(当時・小林商店)は1929年から学校での歯磨き教練大会を実施し、歯磨き習慣の普及に大きく貢献した。戦後から高度成長期にかけて砂糖の消費量が増えた一方、フッ素入り歯磨き粉の普及・学校歯科検診の義務化・定期健診の定着によって虫歯罹患率は劇的に改善した。1989年に厚生省と日本歯科医師会が共同で始めた「8020運動」(80歳で20本以上の歯を残す)は、口腔の健康と全身の健康が深く結びついているという考え方を広めた。歯を失うと咀嚼機能の低下だけでなく、認知症リスクの上昇や全身の免疫力低下にもつながると言われており、歯の健康は「生涯の質(QOL)」に直結する問題として再注目されている。

虫の日自然・環境

制定:日本昆虫クラブ

由来・理由

「む(6)し(4)」の語呂合わせにちなみ、漫画家・手塚治虫ら昆虫愛好家が設立した日本昆虫クラブが制定。後に解剖学者・養老孟司が日本記念日協会に申請・登録(2018年認定)した。

雑学・小話

手塚治虫は幼少期から昆虫採集に熱中し、自らのペンネームも幼少期に愛したオサムシ(ゴミムシの仲間)に由来する。「鉄腕アトム」や「ブラック・ジャック」を生み出した巨匠が、昆虫への深い愛情を生涯持ち続けたことは広く知られている。地球上に記載されている生物種の約半数は昆虫(約100万種)であり、その多様性は生態系の根幹を支えている。しかし農薬使用・生息地の減少・気候変動により、世界的に昆虫の個体数が急減しているという研究が相次いで発表されている。近年は「昆虫食」がSDGsの文脈でタンパク源として再評価され、コオロギやミールワームを使った食品が商品化されるなど、昆虫と人間の関係は新たな局面を迎えている。「嫌いだから排除する」のではなく、生態系の中で果たす役割を知ることが、自然との共存への第一歩とも言われる。

ローメン記念日食べ物・飲み物

制定:伊那商工会議所

由来・理由

「む(6)し(4)=蒸し」の語呂合わせにちなみ、長野県伊那市のB級グルメ「ローメン」の発祥地として伊那商工会議所が制定。蒸した太麺を使うローメンの製法に由来する。

雑学・小話

1955年(昭和30年)、長野県伊那市の中華料理店「萬里」の店主が考案したのがローメンの始まりとされる。マトン(羊肉)またはキャベツを主材料に、蒸した太い中華麺を炒め合わせた料理で、ソース・塩・味噌など各店が独自のタレで個性を出す。羊肉の独特のクセと蒸し麺の食感が組み合わさった風味は「最初はとっつきにくいが、食べるほど癖になる」と言われ、地元では「伊那のソウルフード」として親しまれてきた。2004年には伊那市内に発祥の地記念碑が建立され、観光資源としても整備された。B級グルメブームに乗って全国的な知名度が上がり、伊那を訪れる旅行者が「ローメン食べ比べ」を楽しむ文化も定着している。汁あり・汁なし、炒め・煮込みなど調理スタイルも店によって異なり、正解がないのがローメンの面白さだ。

武士の日文化・芸術

制定:NPO法人ゼロワン(2017年)

由来・理由

「ぶ(6)し(4)」の語呂合わせと、大坂夏の陣の終結が新暦で1615年6月4日と推定されることにちなみ、チャンバラ合戦イベントの普及を通じて武士道精神を伝えることを目的にNPO法人ゼロワンが2017年に制定・日本記念日協会認定。

雑学・小話

1615年(元和元年)、大坂城が落城した大坂夏の陣の終結は武家社会の頂点に豊臣家が滅び、徳川幕府による完全統治が確立された転換点とされる。以降260年余りにわたる江戸時代は、武士が実戦よりも行政・文化・礼節を担う「文士化」した時代でもあった。「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉で知られる『葉隠』(1716年頃)は、もともと佐賀藩内の口述記録であり、明治以降に「日本精神の象徴」として再発見・再解釈されていった。新渡戸稲造が1900年に英文で著した『武士道』は西洋社会での日本理解を深め、世界的なベストセラーになった。現代では剣道・柔道・合気道などの武道として、礼節・克己・誠実という武士道的価値観が国内外で受け継がれている。

ショートフィルムの日文化・芸術

制定:ショートショート フィルムフェスティバル & アジア実行委員会(2012年)

由来・理由

1999年6月4日、俳優・別所哲也が主宰する「アメリカン・ショートショート フィルムフェスティバル」が日本で初めて開催されたことにちなむ。フェスティバルを運営する株式会社パシフィックボイスの沿革によれば、2012年6月4日を「ショートフィルムの日」として日本記念日協会に登録した。

雑学・小話

1999年の初開催から四半世紀を経て、「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)」はアジア最大級のショートフィルムの祭典となり、米国アカデミー賞公認映画祭(アカデミー賞短編映画部門の選考資格を持つ映画祭)にも認定されている。ショートフィルムとは一般に40分以内の短編映像作品を指し、映画産業の黎明期(1895年のリュミエール兄弟による初公開作品も短編)から存在する最も古い映像形式のひとつだ。長編映画と違い、低予算でも表現の深みや独自の視点を打ち出しやすいため、新人監督の登竜門や実験的表現の場として機能してきた。スマートフォンの普及とSNSの拡大により、今やYouTubeやTikTok・Instagramでショートフィルム的な映像表現は日常に溶け込んでいる。映画監督を目指す若者だけでなく、誰もがスマートフォン一台で「映像作家」になれる時代に、ショートフィルムの可能性はかつてなく広がっている。

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熱気球記念日文化・芸術

由来・理由

1783年6月4日、フランスのアンノネーでモンゴルフィエ兄弟(ジョゼフ=ミシェルとジャック=エティエンヌ)が世界初の熱気球の公開実験を成功させたことに由来する。

雑学・小話

モンゴルフィエ兄弟は紙製造業を営む家庭に生まれ、暖炉の煙で紙袋がふわりと浮き上がるのを見て熱気球のアイデアを得たとされる。1783年6月4日、南フランスのアンノネーの広場で地元有力者らの前で亜麻布と紙で作った大型の気球を燃焼させ、約10分間・距離約2km・高度1,600〜2,000mの無人飛行に成功した。この知らせをパリで聞いたルイ16世は公式実験を命じ、同年9月19日にはヴェルサイユ宮殿の庭園で羊・鶏・アヒルの3匹を乗せた有人実験が行われた(3匹は無事帰還)。さらに同年11月21日、ジャン=フランソワ・ピラートル・ド・ロジエとフランソワ・ローラン・ダルランドが乗り込み、高度90メートル・距離約8.8キロ・飛行時間25分という世界初の有人飛行を実現した。この発明はその後、19世紀の気象観測・軍事偵察・郵便輸送などに活用され、現代のスカイスポーツや熱気球フェスティバル、さらには高高度観測気球・成層圏探査へとつながる人類の「空への夢」の出発点となった。

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