10月1日は何の日?
14件の記念日があります
制定:全日本コーヒー協会(1983年)
由来・理由
コーヒーの新年度が始まる日(国際コーヒー協定で10月1日を年度始めと定めている)にちなみ、全日本コーヒー協会が制定。秋冬のコーヒー需要期の始まりとも重なる。
雑学・小話
日本人のコーヒー消費量は世界3位(輸入量ベース)。一人当たり年間で約330杯以上飲まれる計算になる。コーヒーの原産地はエチオピアとされ、ヤギ飼いが元気に跳び回るヤギを見てコーヒーの実を発見したという「カルディの伝説」が有名。缶コーヒーは日本が発祥で、1969年にUCC上島珈琲が世界初の缶コーヒー(ミルク入り)を発売した。コンビニのセルフコーヒーの普及により、コーヒー市場は大きく変化した。
制定:日本酒造組合中央会(1978年)
由来・理由
酒造年度が10月1日に始まること、また十二支の10番目「酉」の字が本来は酒壺の形を表す象形文字で酒に通じることにちなみ、日本酒造組合中央会が1978年に制定した。
雑学・小話
新米の収穫が進む10月は、かつて酒蔵が新たな酒づくりを始める季節の節目だった。「酉」はもともと酒壺の形を描いた象形文字であり、干支の10番目としてだけでなく酒そのものを意味していたとされる。全国には約1,400の酒蔵が存在し、地域ごとの気候・水質・米の違いを生かした個性豊かな日本酒が造られている。この日は各地で「日本酒で乾杯」イベントが開かれ、蔵元や酒販店が新酒の魅力を発信する機会となっている。
制定:日本眼鏡関連団体協議会(1997年)
由来・理由
「10・01」と並べたとき、両端の「1」がメガネのつる、中央の「0」がレンズに見えることから、眼鏡業界8団体が加盟する日本眼鏡関連団体協議会が1997年に制定した。
雑学・小話
協議会は製造・卸売・小売の眼鏡関連団体すべてが加盟して1996年に発足し、翌年にこの記念日を定めた。国内のメガネ生産の一大産地は福井県鯖江市で、国内シェアの9割以上を占めるとされる。近年はブルーライトカット眼鏡や伊達メガネなどファッションアイテムとしての側面も強まり、視力矯正だけでなく個性を表現する道具としても親しまれている。記念日にあわせ、店頭で無料の視力チェックやフレーム相談会を行う眼鏡店も多い。
制定:日本ネクタイ組合連合会(1971年)
由来・理由
1884年(明治17年)10月1日、帽子商だった小山梅吉が、古着市場で買い求めた見本を参考に、帯の生地を改造して国産第一号となる蝶ネクタイを見よう見まねで作ったとされることにちなみ、日本ネクタイ組合連合会が1971年に制定した。
雑学・小話
明治期の日本ではまだ洋装文化が珍しく、ネクタイは上流階級や外交官が身につける舶来品だった。小山梅吉が手がけた国産第一号は、見本もない中で試行錯誤して仕立てられたと伝わる。以来ネクタイは背広と並ぶビジネスマンの正装アイテムとして定着し、素材・柄・結び方に個性を表す文化が育まれた。クールビズの浸透でノーネクタイの機会も増えたが、ここぞという場面での一本は今も装いを引き締める存在であり続けている。
制定:法務省・最高裁判所・日本弁護士連合会(1960年)
由来・理由
1928年(昭和3年)10月1日に陪審法が施行され翌年から「司法記念日」とされていた流れを汲み、裁判所・検察庁・弁護士会による三者協議会での提唱を受け、法務省が1960年に「法の日」として制定した。
雑学・小話
法を尊重し、基本的人権を守り、社会秩序を確立する意識を高めることを目的とした記念日。10月1日から1週間は「法の日週間」とされ、最高裁判所の法廷見学会や法律相談会など、司法を身近に感じてもらうための行事が全国で行われる。普段は縁遠く感じられがちな法律だが、日常のあらゆる場面が法によって支えられていることを見つめ直す機会となっている。
制定:通商産業省(現・経済産業省)(1990年)
由来・理由
1959年10月1日、日本のデザイン政策の出発点となった「デザイン奨励審議会」が設置されたことにちなみ、1989年の「デザインイヤー」の成功を受けて通商産業省が1990年に制定した。
雑学・小話
1989年は全国でデザインをテーマにした催しが400件以上開催され、参加者は延べ2,200万人にのぼったとされる。この盛り上がりを一過性で終わらせず、デザインを社会に根づかせようという狙いから翌年に記念日が定められた。記念日のロゴマークは、東京オリンピックのシンボルマークなどを手がけた日本のグラフィックデザイン界の巨匠・亀倉雄策によるもの。機能性だけでなく、使う人の暮らしを豊かにする力としてのデザインの価値が、今も様々な分野で追求され続けている。
制定:東京都(1952年)
由来・理由
1898年(明治31年)10月1日、東京市に市長・市役所が置かれ、名実ともに自治体としての東京市が発足したことを記念し、東京都が1952年に「都民の日条例」を制定した。
雑学・小話
それ以前の東京市は1889年に設置されていたものの、市制特例により国が任命した府知事が市長業務を代行し、独自の市役所も持たない不完全な自治体だった。1898年の市制特例廃止によって、ようやく市会が選ぶ市長のもとで自治が始まった。この歴史を踏まえ「自治意識を高め、東京の発展と都民の福祉増進を図る」ことを目的に都民の日が設けられた。当日は都立の動物園・美術館・庭園などが無料開放されることが多く、都民にとって身近な記念日として親しまれている。
由来・理由
平安時代の宮中行事「更衣(こうい)」に由来し、江戸時代には武家社会で年4回の衣替えが制度化された。明治6年の太陽暦採用を機に、夏服(6月1日〜9月30日)と冬服(10月1日〜5月31日)の年2回に整理された。
雑学・小話
「更衣」はもともと天皇の衣装替えを世話する女官の役職名でもあったため、混同を避けて庶民の間では「衣替え」という言葉が定着したとされる。学校や官公庁、企業の制服が一斉に夏服から冬服へ切り替わるのもこの日で、街のファッションが一変する季節の節目でもある。近年は温暖化や働き方の多様化により、衣替えの時期を柔軟に前後させる学校や企業も増えている。
制定:国土庁(現・国土交通省)(1997年)
由来・理由
「土」という漢字が「十」と「一」を組み合わせた形であることから、10月1日を「土地の日」として国土庁が1997年に制定した。10月は「土地月間」とされている。
雑学・小話
土地は誰にとっても暮らしや経済活動の基盤でありながら、その価値や利用のあり方が意識される機会は意外と少ない。バブル経済期の地価高騰とその後の下落を経験した日本にとって、土地の適正な利用と管理は繰り返し議論されてきたテーマだ。国土交通省は毎年、土地月間にあわせて土地に関する標語やポスターの作品コンテストを実施し、限られた資源である土地への関心を広く呼びかけている。
由来・理由
1964年(昭和39年)10月1日、東京オリンピック開幕を目前に控え、東京〜新大阪間を結ぶ東海道新幹線が開業した。着工からわずか5年5か月というスピードで完成し、世界初の高速鉄道として運行を開始した。
雑学・小話
開業時の所要時間は「ひかり」で4時間、「こだま」で5時間。運行を担った0系電車は白地に青いラインの流線形ボディで、以来「新幹線」の代名詞的な姿として親しまれた。開業当初の最高速度は時速210kmで、当時としては世界最速の鉄道だった。新幹線の技術とノウハウはその後、台湾やイギリスをはじめ世界各国に輸出され、日本の高速鉄道技術は国際的な信頼を得るブランドとなっている。
制定:日本醤油協会・全国醤油工業協同組合連合会(2002年)
由来・理由
新しい大豆を仕込んで醤油づくりを始める時期にあたることや、干支で10番目の「酉」の字が「醤」「酒」の文字にも使われていることにちなみ、醤油関連団体が2002年(平成14年)に制定した。
雑学・小話
醤油は日本人の食卓に欠かせない調味料でありながら、その製造工程や歴史が意識される機会は少ない。原料の大豆・小麦を麹菌で発酵させ、長いものでは1年以上かけてじっくり熟成させて作られる。記念日にあわせて全国の醤油蔵では工場見学や試飲会などのイベントが開かれ、地域ごとに異なる色・香り・味わいの違いを味わい比べる機会にもなっている。和食が世界的に注目される中、醤油はその味の要として海外でも評価が高まっている。
制定:国際音楽評議会(IMC、ユネスコ)(1977年)
由来・理由
1975年、ユネスコの国際音楽評議会(IMC)会長でヴァイオリニストのユーディ・メニューインが、紛争の絶えない世界を憂い提唱。1977年のIMC総会で正式に採択され、世界各国で音楽を通じた平和と相互理解を呼びかける日となった。
雑学・小話
メニューインは20世紀を代表するヴァイオリニストの一人で、音楽には言葉や国境を超えて人々をつなぐ力があると信じていた。日本では1994年に音楽文化振興に関する法律の中でこの日が位置づけられ、1996年には記念切手も発行された。世界各地でこの日にあわせてコンサートや音楽教育イベントが開催され、音楽が持つ文化的・社会的な価値を再確認する機会となっている。
制定:国際連合(1990年)
由来・理由
1990年12月の国連総会決議45/106により採択され、1991年から実施されている国際デー。高齢者の権利擁護や高齢者差別・虐待の撤廃への意識向上を目的とする。
雑学・小話
世界的な高齢化の進行は先進国だけの課題ではなく、今や多くの新興国でも急速に進んでいる。国連はこの日を通じて、高齢者が長年培ってきた知識と経験を社会の財産として位置づけ、年齢による差別や虐待をなくす取り組みを各国に呼びかけている。日本でも9月の敬老の日とは異なる視点から、高齢化社会がかかえる国際的な課題を見つめ直す日として位置づけられる。
制定:公益社団法人全日本印章業協会
由来・理由
1873年(明治6年)7月の太政官布告により、証書には実印(印章)を用いることが定められ、同年10月1日から施行されたことにちなみ、全日本印章業協会が記念日として制定した。
雑学・小話
印章文化はさらに遡り、江戸時代にはすでに取引の際に印影を庄屋などへ届け出て照合する仕組みがあったとされる。明治政府はこれを法制化し、実印による本人証明の制度を確立した。記念日にあわせて各地の印章組合では、役目を終えた印鑑やゴム印を供養する「印章供養祭」が行われており、道具を大切に扱う日本らしい文化として今も受け継がれている。デジタル化が進む現代でも、実印・銀行印は重要な契約の場面で欠かせない存在であり続けている。