7月19日は何の日?
4件の記念日があります
由来・理由
1960年(昭和35年)7月19日、第1次池田内閣に中山マサが厚生大臣として入閣し、日本初の女性大臣が誕生した日に由来する。入閣を進言したのは大平正芳(後の首相)。在任5か月という短期間ながら母子家庭の福祉向上に尽力した。
雑学・小話
中山マサは1891年(明治24年)、長崎市でイギリス人の父と日本人の母を持つ家庭に生まれた。活水高等女学を卒業後、アメリカに単身渡ってオハイオ・ウェスリアン大学を卒業した、当時としては異例の国際的な経歴の持ち主だった。 帰国後は教育者として働きながら政治に目覚め、1947年(昭和22年)の衆議院議員総選挙で当選。以後複数期にわたって議員を務めた。 1960年7月19日、池田勇人首相が新内閣を組閣する際に中山マサを厚生大臣として任命した。当時は「女性は家庭に」という意識が強い時代であり、女性大臣の誕生は社会的な驚きをもって受け止められた。 在任期間は5か月と短かったが、母子家庭の福祉向上に取り組んだ。翌1961年には児童扶養手当法が成立し、母子家庭への所得保障制度が整備されていく流れの礎のひとつとなった。 中山マサが切り開いた扉は、その後の女性閣僚登用の流れや男女共同参画社会基本法(1999年)制定への原点のひとつとして位置づけられる。
制定:石森プロ
由来・理由
1964年(昭和39年)7月19日、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』が『週刊少年キング(少年画報社)』で連載を開始した日に由来する。世界9か国から集められた9人のサイボーグ戦士が秘密組織「BLACK GHOST」に立ち向かう物語で、日本記念日協会により認定された。
雑学・小話
石ノ森章太郎は「仮面ライダー」「人造人間キカイダー」など昭和の特撮・漫画文化を彩る名作を多数生み出した漫画家だ。 『サイボーグ009』が誕生した経緯には逆境がある。連載開始前、石ノ森はスランプに陥り3か月の世界一周旅行に出た。旅費200万円を出版社に借金したまま帰国し、返済のために描き始めた作品が本作だったとされる。 9人のサイボーグたちはアメリカ・ドイツ・フランス・中国・アフリカ・島国など多様な国籍・人種で構成されており、1960年代という時代に「多文化共生」を体現したキャラクター群だった。主人公の島村ジョー(009)は日本人とアメリカ人の混血という設定で、当時の日本社会では異例のキャラクターだった。 作品のテーマは「戦争と平和」「人間であることとは何か」という哲学的な問いが貫かれており、冷戦・核兵器・民族差別など時代の問題意識を正面から取り上げた点でも先駆的だった。連載は雑誌を変えながら断続的に続き、現在も関連作品やアニメ化が続く日本漫画史の名作だ。
制定:社団法人山梨県果樹園芸会
由来・理由
7月19日が1月1日から数えて200日目に当たり、「百」が2つで「百百(もも)=桃」と読めることから制定。全国一の桃の産地・山梨県をPRするため、社団法人山梨県果樹園芸会が制定し、日本記念日協会に認定された。桃の出荷最盛期とも重なる。
雑学・小話
山梨県は全国一の桃の生産地だ。農林水産省のデータでは山梨県の桃収穫量は全国シェアの約30〜35%を占め、2位の福島県・3位の長野県を大きく引き離している。特に笛吹市は市区町村別の桃生産量で全国最多を誇り「桃の国」とも呼ばれる。 山梨の桃栽培は江戸時代末期から始まったとされる。明治時代に入って品種改良が進み、「白鳳」「あかつき」「日川白鳳」などの品種が全国に広まった。盆地特有の昼夜の大きな気温差・豊富な日照・水はけのよい砂礫土壌が桃の甘みと香りを育てる。 7月は山梨の桃の出荷最盛期にあたる。桃は収穫後の日持ちが短く、2〜3日で食べ頃を過ぎてしまうため産地直送の需要が高い。夏の盆地に広がる桃畑と、果汁したたる甘い桃は山梨の夏の風物詩だ。 旬の桃はビタミンC・食物繊維・カリウムも豊富で、夏の水分・栄養補給にも適したフルーツとして全国の食卓に届けられている。
由来・理由
1967年(昭和42年)7月19日、東京女子医大山岳部の今井通子と若山美子が、女性だけのパーティとして世界初のマッターホルン(スイス、標高4,478m)北壁登攀に成功した日に由来する。40時間以上を要したこの偉業を記念して「北壁の日」または「マッターホルン北壁登頂の日」と呼ばれる。
雑学・小話
マッターホルン北壁は、アイガー北壁・グランドジョラス北壁と並ぶ「ヨーロッパアルプス三大北壁」のひとつだ。垂直に切り立つ岩壁と落石・雪崩の危険から、登山界屈指の難コースとして知られる。 今井通子(当時:東京女子医大の医学生)と若山美子(同山岳部)は、男性でさえ苦労するこの北壁に女性2人だけで挑んだ。1967年7月19日、2人は先頭を交代しながら40時間以上をかけて登攀を続け、見事に北壁を制した。女性のみのパーティによるマッターホルン北壁初登攀は世界初の快挙だった。 今井通子はその後もアイガー北壁・グランドジョラス北壁を女性として世界初登攀し、「アルプス三大北壁の女性初完登」という金字塔を打ち立てた。引退後は医師としての活動を続けながら環境保護活動家としても国際的に活躍した。 「北壁(Nordwand)」はドイツ語で「北の壁」を意味し、アルプスの北側斜面は気候的に過酷な条件が重なることが多い。1967年7月19日は、日本の女性登山家2人が世界の舞台でその難関を乗り越えた日として輝き続けている。