7月2日は何の日?
4件の記念日があります
制定:香川県製麺事業協同組合(現・本場さぬきうどん協同組合)(1980年)
由来・理由
「半夏生(はんげしょう)」は夏至から約11日後の7月2日頃にあたる日本独自の暦の節目。讃岐地方では田植えが終わるこの時期、農家が手伝い人へ新麦で打ったうどんを振る舞う風習があった。1980年、香川県製麺事業協同組合がその伝統にちなみ7月2日を「うどんの日」と制定した。
雑学・小話
讃岐(現・香川県)は雨が少なく稲作に不向きな土地柄だったため、古くから水をあまり必要としない小麦の栽培が盛んで、うどん食文化が根付いたとされる。半夏生にうどんを振る舞う習わしには、田植えの重労働への感謝と夏に向けた栄養補給の意味が込められていたという。現在、香川県は人口あたりのうどん店数が全国最多とも言われ、「うどん県」として国内外に知られている。讃岐うどんの特徴は強いコシとなめらかなのど越しで、小麦粉・塩・水というシンプルな原材料ながら、足で踏んで生地をこねる伝統的な製法がコシを生み出す。毎年「うどんの日」には高松市の中野天満神社で麺業界関係者による「献麺式」が行われ、製粉会社・製麺業者・飲食店など関連業者が一堂に会する。地元では「うどん県」の名を冠したPR活動が続き、うどんは香川の観光資源にもなっている。
制定:亀の子束子西尾商店
由来・理由
1915年(大正4年)7月2日、亀の子束子西尾商店の初代社長・西尾正左衛門が「束子(たわし)」の特許(第27983号)を取得した日にちなむ。1907年(明治40年)の発明から8年を経て権利を確立したこの日を、同社が日本記念日協会に申請・認定してもらい「たわしの日」とした。
雑学・小話
西尾正左衛門は東京の下町で家事に苦労する母の姿を見て「鍋を楽に洗えるものを」と発明を思い立ったとされる。棕櫚(しゅろ)の繊維を針金で束ねた亀の甲羅形の洗い道具は「亀の子束子」と名付けられ、1908年に実用新案を取得。模倣品が相次いだため特許申請に踏み切ったが、特許期限切れ後は「亀のマーク」の商標ブランドで対抗する戦略に切り替えた。現在の主原料はスリランカ産のヤシの実(パーム)繊維で、基本的な形は発明当初からほぼ変わっていない。「亀の子束子」は「日本の三大発明」のひとつに数えられることがあり、100年以上にわたって台所の必需品として使われ続けている。海外では同様の形状のたわしは存在しなかったとされ、純粋に日本生まれの生活道具として世界に輸出されている。
由来・理由
1951年(昭和26年)7月2日、日本がユネスコ(国連教育科学文化機関)に正式加盟した日。まだ国際連合に未加盟だった日本にとって、ユネスコ加盟は戦後の国際社会復帰における最初の一歩となった。
雑学・小話
日本のユネスコ加盟を実現させた原動力のひとつは、1947年に仙台から始まった草の根の民間運動だったとされる。戦後の混乱期に「教育・科学・文化による世界平和」というユネスコの理念に共鳴した市民が動き、全国組織へと発展した運動は同年の日比谷公会堂に2,000人を集める大会へと成長した。民間の熱意が政府・国会をも動かし、1951年6月21日のパリでの第6回ユネスコ総会で加盟が承認、7月2日に手続きが完了した。日本が国際連合(UN)に加盟したのはこれより5年後の1956年であり、ユネスコが文字通り「国際社会への窓口」となった時期がある。その後日本は世界有数の拠出金負担国となり、世界遺産・無形文化遺産の登録や「ユネスコ創造都市ネットワーク」への参加を通じて国際文化交流に積極的に関わっている。
制定:群馬県みなかみ町(2011年)
由来・理由
1920年(大正9年)7月2日、日本山岳会の藤島敏男・森喬が土樽の案内人・剣持政吉を伴い、谷川岳に近代登山として記録に残る初登頂を達成した。この歴史的な登頂から91年後の2011年、群馬県みなかみ町が日本記念日協会に申請し「谷川岳の日」として認定された。
雑学・小話
谷川岳(標高1,977m)は群馬・新潟県境に位置し、険しい岩壁と変わりやすい気象で知られる。「一ノ倉沢」の岩壁はヒマラヤやアルプスに匹敵する難ルートとして多くのクライマーを引きつけてきた。1931年に上越線が開通してアクセスが容易になると登山者が急増したが、それに伴い遭難事故も増加。2021年時点で死者数が800名を超えるとされ、かつて「遭難者数が世界一多い山」としてギネス記録に登録されたこともある。「魔の山」「墓標の山」と呼ばれてきた一方、ロープウェイを使えば初心者でも山頂付近の絶景を楽しめる間口の広さも持ち合わせている。「谷川岳の日」前後には「谷川岳山開き」として安全祈願祭が催され、7月2日を含む「谷川岳ウィーク」には登山・自然体験イベントが多数行われる。