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78日は何の日?

3件の記念日があります

質屋の日企業・業界

制定:全国質屋組合連合会

由来・理由

「しち(7)や(8)=質屋(しちや)」と読む語呂合わせにちなみ、全国質屋組合連合会が制定。質屋の役割と文化を広く周知し、親しみをもってもらうことを目的とした日。

雑学・小話

質屋は品物を担保に一時的に現金を融通する金融業で、日本では平安・鎌倉時代に寺院が土倉(どそう)として行ったのが起源とされる。江戸時代には「七つ屋」とも呼ばれ、庶民の生活を支える身近な金融機関として全国に普及した。「七(しち)」という呼び名は、品物を預ける期間が7日単位だったことに由来するとも言われる。現代の質屋は古物商の許可を受けた正規の業者で、融資期間(3か月が多い)内に元金・利息を払えば品物を取り戻せる。ブランド品・貴金属・時計・楽器など取り扱い品目は多様で、近年は査定・買取サービスも充実している。不景気の時期に利用者が増える傾向があり、経済のバロメーターともされる。

ペリー来航記念日社会・国際

由来・理由

1853年(嘉永6年)7月8日(旧暦6月3日)、アメリカ海軍提督マシュー・ペリーが軍艦4隻を率いて相模国浦賀沖に来航し、日本に開国を迫ったことを記念した日。

雑学・小話

ペリーが率いてきた黒船(黒い船体と蒸気機関による煙を噴き上げる姿から「黒船」と呼ばれた)は、当時の日本人に衝撃を与えた。江戸幕府は返答を翌年に持ち越したが、1854年3月に再来航したペリーと「日米和親条約」を締結し、200年以上続いた鎖国政策に幕を下ろした。ペリー来航は明治維新・近代化の直接的な引き金となり、日本の歴史の転換点として位置づけられる。現在の神奈川県横須賀市(旧浦賀)には「ペリー公園」と記念碑が残り、来航170年を経た今も観光スポットとして訪れる人が絶えない。ペリー自身は優れた記録者でもあり、「日本遠征記」には当時の日本の風俗・地理が詳細に記録されている。

なはの日文化・芸術

由来・理由

「な(7)は(8)=那覇(なは)」と読む語呂合わせにちなみ、「みんなで那覇のまちを愛し、未来の那覇のためにできることをやろう」との思いから那覇を愛する市民有志が1999年(平成11年)に始めたまちおこしの日。2004年(平成16年)からは那覇市も公式に支援している。

雑学・小話

那覇市は沖縄県の県庁所在地で、人口約32万人(沖縄県最大)。那覇の中心地・国際通りは「奇跡の1マイル」とも呼ばれ、戦後のアメリカ統治時代から商業地として急速に発展した約1.6kmの通りで、土産店・飲食店・ホテルが立ち並ぶ観光の中心地となっている。首里城は琉球王国(15〜19世紀)の王城で2000年にユネスコ世界遺産に登録されたが、2019年の火災で正殿などが焼失。現在は再建工事が進んでいる。那覇の牧志公設市場(第一牧志公設市場)はカラフルな南国の食材が並ぶ沖縄の台所で、2階の食堂で購入した食材を調理してもらうスタイルが観光客にも人気。

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