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8月19日は何の日?

4件の記念日があります

俳句の日文化・芸術

由来・理由

「は(8)い(1)く(9)」と読む語呂合わせにちなみ、正岡子規の研究で知られる俳人・坪内稔典らが1991年に提唱したとされる。俳句の楽しさや、季節を感じ取る心の大切さを広めることを目的とした記念日とされている。

雑学・小話

俳句は、五・七・五の十七音で情景や心情をよみあげる、世界でもっとも短い詩のひとつとされる。短いからこそ、言葉を選びぬき、多くを語らずに余韻を残す。読み手が想像で余白を埋める楽しさが、俳句の大きな魅力といえる。 俳句には、季節を表す「季語」を一つ詠み込むのが基本とされる。桜、蝉しぐれ、紅葉、雪――季語は、その一語だけで情景や時季を立ちあげる力を持つ。自然の移ろいに目をとめ、言葉に写しとる営みは、日々を丁寧に味わうことにもつながる。 江戸時代の松尾芭蕉や与謝蕪村、明治の正岡子規をはじめ、俳句は時代を超えて多くの人に親しまれてきた。近年は国際的にも「HAIKU」として知られ、各国の言葉で詠まれているとされる。むずかしく考えず、目にとまった景色や心の動きを十七音に置いてみる。この記念日は、そんな小さな一句をつくってみるのにふさわしい一日といえる。

バイクの日社会・国際

制定:総務庁交通安全対策本部(1989年)

由来・理由

「バ(8)イ(1)ク(9)」と読む語呂合わせにちなみ、当時の総務庁(現在の内閣府)の交通安全対策本部が1989年に制定した。二輪車(オートバイ)の交通事故防止と、正しい乗り方の普及を呼びかけることを目的としている。

雑学・小話

オートバイは、自動車に比べて体がむき出しになるため、事故の際に大きなけがにつながりやすいとされる。バイクの日は、二輪車に乗る人自身はもちろん、車のドライバーや歩行者も含めて、交通安全への意識を高めてもらうために設けられた記念日とされる。 この日を中心とした時季には、各地で二輪車の安全運転講習会や啓発イベントが行われることがある。ヘルメットの正しい着用、速度の出しすぎへの注意、車両の点検など、基本を見直すことが事故を防ぐうえで大切だと考えられている。 一方で、バイクには移動の自由さや、風を感じて走る爽快さといった独特の楽しさがある。趣味として長く愛する人も多い。安全への備えがあってこそ、その楽しみも続いていく。この記念日は、ライダーにとっては自らの運転をふり返る機会となり、それ以外の人にとっては道路をともに使う仲間への思いやりを思い出すきっかけになる。

世界人道デー社会・国際

制定:国際連合(2008年)

由来・理由

2003年8月19日、イラク・バグダッドの国連事務所(カナルホテル)が爆破され、イラク担当国連事務総長特別代表セルジオ・ヴィエイラ・デ・メロ氏を含む職員22名が死亡した。この事件を受け、人道支援に携わる人々への敬意と支援活動への理解を深めるため、国連総会は2008年12月、決議63/139により8月19日を「世界人道デー」と定めた。初めて実施されたのは翌2009年とされる。

雑学・小話

世界には、紛争や災害によって日々の暮らしを脅かされている人々が数多くいるとされる。そうした現場で、食料や水、医療、住まいなどを届けるために働いているのが人道支援の担い手たちだ。彼らはときに、自らの危険をかえりみずに困難な地域へ向かう。 2003年8月19日、イラク・バグダッドの国連事務所が置かれていたカナルホテルが爆破され、イラク担当の国連事務総長特別代表セルジオ・ヴィエイラ・デ・メロ氏をはじめ22名の職員が死亡したとされる。この事件を機に、デ・メロ氏の遺族が人道支援従事者を追悼する国際デーの制定を各国政府や国連関係者に働きかけたと伝えられ、その動きが実を結ぶかたちで2008年12月、国連総会は決議63/139により8月19日を「世界人道デー」と定めた。初めて実施されたのは、事件から6年後の2009年だったという。 世界人道デーは、この事件で命を落とした人々を追悼するとともに、いま現場で力を尽くす人々をたたえる日として位置づけられている。毎年、その年ごとのテーマが掲げられ、世界各地で啓発の催しが行われるという。遠い国の出来事のように感じられるかもしれないが、困っている人に手をさしのべるという思いは、国境を越えて共通するものだ。この記念日は、「人が人を助ける」という当たり前のようで尊い営みに、あらためて目を向けさせてくれる。

世界人道デーの単独ページを見る →
アフガニスタン独立記念日社会・国際

由来・理由

1919年、第三次アフガン戦争を経て、アフガニスタンがイギリスの保護下にあった外交権を回復し独立を確立したことにちなむ独立記念日。アマヌッラー・ハーンの治世のことで、8月19日はアフガニスタンで最も重要な祝日のひとつとされる(戦争の結果として結ばれたラーワルピンディー条約自体は8月8日締結)。

雑学・小話

アフガニスタンは、中央アジアと南アジアを結ぶ要衝に位置する内陸の国だ。その地理的な重要性ゆえに、19世紀には南下を図るロシアと、インドを統治するイギリスがこの地域の覇権を競い合った。両大国のせめぎ合いは「グレート・ゲーム」と呼ばれ、アフガニスタンはその舞台となったとされる。 イギリスはアフガニスタンの外交権を握り、事実上の保護国としていた。しかし第一次世界大戦で疲弊したイギリスに対し、1919年、アフガニスタンは独立を求めて戦いを起こした。この第三次アフガン戦争を経て、同国は外交権を取り戻し、完全な独立国としての歩みを始めたと伝えられる。 以来、8月19日は独立記念日として大切にされてきた。けわしい山岳地帯と多様な民族からなるこの国は、その後も波乱の歴史をたどることになる。日本ではなじみが薄いかもしれないが、大国に囲まれながら独立を守ろうとしてきた歴史に目を向けると、この日の重みが見えてくる。

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