7月26日は何の日?
4件の記念日があります
由来・理由
1825年(文政8年)7月26日、鶴屋南北作の歌舞伎『東海道四谷怪談』が江戸・中村座で初演されたことに由来する。同作は日本三大怪談のひとつに数えられ、夏の怪談文化を象徴する記念日として定着した。
雑学・小話
『東海道四谷怪談』は、浪人・民谷伊右衛門に毒殺された妻・お岩が幽霊となって復讐を果たす物語だ。鶴屋南北(1755〜1829)が晩年に書いた最高傑作とされ、初演は同年上演の『仮名手本忠臣蔵』と同日に「通し狂言」として掛け合わせる大胆な演出で評判を呼んだ。 お岩の顔が蠟燭の灯に照らされる場面、毒で髪が抜け落ちる「髪梳き」の場面など、視覚的な恐怖演出は現代の怪談表現にも引き継がれている。「四谷怪談を上演すると祟りがある」という俗信が広まり、歌舞伎や映画の上演時には出演者が四谷の於岩稲荷(田宮神社)に参拝する慣例が今も続く。 日本三大怪談は「四谷怪談」「番町皿屋敷」「牡丹燈籠」とされる。いずれも恨みを抱いたまま死んだ女性が幽霊となる物語で、日本独特の「怨霊」思想を色濃く反映している。
由来・理由
1945年(昭和20年)7月26日、ドイツのポツダム近郊においてアメリカ・イギリス・中国(中華民国)の三首脳名義で、日本に無条件降伏を求める「ポツダム宣言」が発表されたことに由来する。全13項からなり、軍国主義の終結と民主的再建を求めた。
雑学・小話
宣言はアメリカのトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相(発表直後の総選挙敗北でアトリーに交代)、中国(中華民国)の蒋介石の名義で発せられた。ソ連はこの時点でまだ対日参戦前だったため名を連ねず、8月8日の対日宣戦布告に合わせて参加を表明した。 日本政府は7月28日、鈴木貫太郎首相が記者会見で「黙殺し、戦争完遂に邁進する」と述べた。この「黙殺」は海外の通信社に「拒絶(reject)」と英訳されて伝わり、これが原爆投下の一因になったとする見方もあるが、実証的には異論も根強い。8月6日に広島、9日に長崎へ原爆が投下され、日本は8月14日の御前会議で受諾を決定、翌15日の玉音放送で国民に終戦が告げられた。 正式な降伏文書の調印は1945年9月2日、東京湾に停泊した戦艦ミズーリ号艦上で行われた。ポツダム宣言の受諾と降伏文書調印により、1931年の満州事変以来続いた戦争が終結した。
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820年(弘仁11年)7月26日、弘法大師(空海)が現在の栃木県日光市にある「二荒山(ふたらさん、現在の男体山)」に登った際、その山名を「日光山(にっこうさん)」と改めたと伝わることに由来する。ただし空海の日光来訪自体は確たる史料による裏付けがなく、伝承の域を出ないとされる。山岳信仰の聖地に光り輝く名を与えたとされる出来事として記念されている。
雑学・小話
日光は、奈良時代末期の767年(神護景雲元年)に僧・勝道が男体山(二荒山)への登頂を試みたのが始まりとされる。781年の再挑戦も失敗に終わったが、782年(延暦元年)3月、三度目の挑戦でついに登頂に成功し、日光開山の祖と仰がれるようになったと伝わる。 「二荒」の由来には複数の説があり、有力とされるのは、観音菩薩の浄土を意味するサンスクリット語に由来する「補陀落(ふだらく)」が「ふたら」に転訛したとする説である。ほかに、二つの峰(男体山・女峰山)の荒々しい姿にちなむとの説も唱えられている。 近世には、駿府城で75歳の生涯を終えた徳川家康が久能山に葬られたのち、遺言により一年後の1617年(元和3年)、久能山から日光へと遷座し、東照大権現として祀られた。三代将軍・家光による「寛永の大造替」(1636年〔寛永13年〕)で現在の絢爛な社殿群が完成し、「日光を見ずして結構と言うな」という言葉が広く使われるほどの美しさで知られるようになった。 国宝の陽明門には500点を超える彫刻が施され、一日中見ていても飽きない美しさから「日暮門(ひぐらしもん)」の異名を持つ。神厩舎の「三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)」や東回廊の「眠り猫」も広く知られる彫刻で、いずれも江戸時代の名工・左甚五郎の作と伝えられるが、実際の作者は判明していない。 日光東照宮を含む「日光の社寺」(東照宮・二荒山神社・輪王寺の二社一寺と付随する建造物群、国宝9棟・重要文化財94棟)は、1999年12月2日、モロッコ・マラケシュで開催された第23回世界遺産委員会で世界文化遺産に登録された。
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「な(7)つ(2)ふろ(6)」と読む語呂合わせから7月26日に制定された記念日。夏にお風呂(湯船)に浸かる爽快さと健康効果を多くの人に伝えることを目的として、夏風呂の愛好家らが設けた。
雑学・小話
夏場はシャワーで済ませることが多くなるが、湯船に浸かる「夏風呂」には独自の健康効果があるとされる。ぬるめのお湯(38〜40℃程度)にゆっくり浸かると副交感神経が優位になり、心身のリラックスや睡眠の質向上につながるといわれる。冷房による冷え性が気になる人ほど、体の芯から温める夏風呂の恩恵を感じやすい。 日本の入浴文化は歴史が深く、奈良時代の寺院では「温室(うんしつ)」と呼ばれる蒸し風呂が行われていた。江戸時代には「湯屋(ゆや)」と呼ばれる銭湯が庶民の社交場として発展し、季節を問わず利用された。「江戸っ子は宵越しの銭を持たない」というほど江戸の人々は風呂好きとして知られていた。 現代では毎月26日が「風呂の日(2=ふ、6=ろの語呂合わせ)」とされており、夏の7月26日はその中でも特に「夏の入浴」に注目した記念日として位置づけられている。湯船に浸かる時間を持つことで、夏の疲れをリセットする習慣を見直すきっかけにしたい。