8月17日は何の日?
4件の記念日があります
制定:株式会社ドール
由来・理由
「パ(8)イ(1)ナ(7)ップル」と読む語呂合わせにちなみ、果物などを扱う株式会社ドールが制定し、日本記念日協会に認定・登録された。パイナップルのおいしさや魅力をより多くの人に知ってもらうことを目的としている。
雑学・小話
パイナップルは、南国を思わせる甘酸っぱい香りと、みずみずしい果肉が魅力の果物だ。名前は「pine(松ぼっくり)」と「apple(果実)」を組み合わせたもので、ごつごつとした見た目が松かさに似ていることに由来するといわれる。日本では沖縄県などで栽培されているが、多くは輸入品が流通している。 果肉にはたんぱく質を分解する酵素が含まれており、肉料理に加えると肉がやわらかくなるとされる。酢豚にパイナップルが入っているのは、見た目や味の彩りだけでなく、こうした働きも背景にあると考えられている。生のパイナップルを食べたあとに舌がぴりぴりすることがあるのも、この酵素によるものだとされる。 切り分けて生で味わうのはもちろん、ジュースやデザート、料理の素材としても幅広く使われる。暑い季節には、冷やした一切れが体に染みわたる。語呂合わせから生まれたこの記念日は、夏の食卓に南国のさわやかさを添えてくれる果物に、あらためて目を向けるきっかけといえる。
由来・理由
1948年(昭和23年)8月17日、横浜公園にあった横浜ゲーリック球場(現・横浜スタジアムの前身)で、日本のプロ野球史上初の夜間公式戦(ナイター)が行われたことにちなむ。対戦カードは読売ジャイアンツ対中日ドラゴンズで、試合は午後8時8分に開始され、中日が3対2で勝利した。同球場は当時、連合軍(GHQ)に接収されており、占領下の1946年に設置されていた照明設備を用いて試合が行われた。
雑学・小話
今ではすっかり当たり前になった夜のプロ野球も、かつては昼間に行うのが当然だった。占領下にあった横浜ゲーリック球場では、駐留する連合軍が使用するため1946年に照明灯6基が設置されており、同年6月にはこの球場で大学野球の試合による日本初のナイトゲームが行われていたとされる。同年8月17日、プロ野球でも初めての夜間公式戦が実現し、仕事を終えた人々が球場に足を運べるようになったことで、野球はいっそう多くのファンに親しまれるようになったという。 試合開始が予定より遅れたのは、アメリカでナイター経験のある中島治康らが「薄暮のうちに点灯するとかえって打球が見えにくい」と進言し、完全な日没を待ったためと伝えられる。試合当日は新聞で「空前の超満員」と報じられ、観客がスタンドからあふれ、ファウルグラウンドからも観戦していたという。 「ナイター」という言葉は、英語の「night game」を日本独自に言い換えた和製英語で、この試合をきっかけに定着したとされる。海外では通じないことが多いが、日本では夜の試合を指す言葉としてすっかり定着した。照明に照らされた緑のグラウンドで繰り広げられる熱戦は、夏の夜風のなかで観戦する季節の風物詩でもある。日本初のプロ野球ナイターが行われたこの日は、夜空の下で紡がれてきた熱戦の歴史をふり返る記念日となっている。
プロ野球ナイター記念日の単独ページを見る →由来・理由
1945年8月17日、スカルノがハッタの立ち会いのもとでジャカルタの自邸前で独立宣言を読み上げ、インドネシアの独立が宣言されたことにちなむ。この日はインドネシア最大の祝日とされ、毎年各地で記念式典やパレードが盛大に行われる。
雑学・小話
東南アジアに広がるインドネシアは、大小あわせて1万を超える島々からなる世界最大級の島嶼国家だ。長くオランダの植民地支配下にあったが、第二次世界大戦の終結という大きな転換期に、独立への動きが一気に加速したとされる。 1945年8月、日本の降伏が伝わると、独立を求める青年たちの後押しを受け、スカルノとハッタは独立宣言の準備を進めた。8月17日、ジャカルタのスカルノ邸前で短い宣言文が読み上げられ、ここにインドネシアの独立が宣言された。もっとも、宗主国オランダがこれをすぐに認めたわけではなく、その後も独立をめぐる長い闘争が続いたといわれる。 独立記念日の8月17日には、国旗の掲揚式や各地のパレードに加え、ビー玉をスプーンで運ぶ競走や、ヤシの木によじ登って賞品を取る「パンジャット・ピナン」といったユニークな催しが各地で行われる。国を挙げて独立を祝うこの日は、人々の誇りと一体感を感じさせる一日となっている。
由来・理由
1960年8月17日、中部アフリカの国ガボンがフランスから独立したことにちなむ。長くフランス領赤道アフリカの一部とされてきたが、この日に正式に独立国となった。ガボンでは独立記念日として祝われる祝日となっている。
雑学・小話
ガボンは、アフリカ大陸の西海岸、ちょうど赤道直下に位置する国だ。1960年は多くのアフリカ諸国が次々と独立を果たした年で、「アフリカの年」とも呼ばれる。ガボンもその流れのなかで、フランスから独立を遂げた一国とされる。 国土の大半が熱帯雨林におおわれ、ゾウやゴリラをはじめとする豊かな野生動物が生息することで知られる。自然保護にも力を入れており、国土の一部が国立公園として守られている。一方で、アフリカ有数の産油国でもあり、輸出の多くを原油が占めるとされる。豊かな自然と地下資源という、二つの顔をあわせ持つ国といえる。 日本との関わりも古く、ガボンが独立した1960年8月17日に、日本はこれを承認して外交関係を結んだと伝えられる。地理的には遠く離れているが、長い交流の歴史がある。日本ではなじみの薄い国かもしれないが、独立記念日をきっかけに、地図の上で赤道のあたりに目を向けてみるのも面白いかもしれない。