8月2日は何の日?
4件の記念日があります
制定:カレーうどん100年革新プロジェクト(2010年)
由来・理由
6月2日の「横浜カレー記念日」、7月2日の「うどんの日」に続く月として8月2日が選ばれた。1910年(明治43年)頃、東京・目黒の蕎麦屋「朝松庵」がカレー南蛮を提供し全国に広まったとされることから、その100周年となる2010年(平成22年)に「カレーうどん100年革新プロジェクト」が制定し、日本記念日協会に登録された。
雑学・小話
カレーうどんの起源とされる「カレー南蛮」の発祥地には複数の説がある。現在も中目黒で営業する老舗「朝松庵」自身の伝承では、明治41年(1908年)に店主の祖父が大阪でカレー南蛮を売り出したのが始まりで、その製法は尺貫法での計量を含め今も4代目が忠実に守っているという。一方、早稲田にあった老舗そば店「三朝庵」(1906年創業、2018年閉店)もカレー南蛮の元祖を名乗っており、いずれが最初かは定かでない。「南蛮」はもともとネギを指す料理用語で、ポルトガル・スペイン人(南蛮人)がネギを好んだという説と、大阪の「難波(なんば)」に由来する説がある。 カレーとうどんという和洋折衷の組み合わせは、だしの効いたつゆとスパイスの香りが調和する日本独自の食文化として定着した。カレーうどんを食べる際は汁が飛び散りやすいことから前掛けをして食べる人も多く、飛び散りにくい専用の丼や麺の開発なども話題になっている。近年は牛すじ・チーズ・カツを乗せたアレンジが専門店で広がり、カレー南蛮から派生したカレーラーメンやカレー丼など隣接する麺・丼メニューも各地で人気を集めている。「カレーうどん100年革新プロジェクト」は現在もウェブサイトでイタリアン風・バターチキン風など新しいレシピを発信し続けている。
- カレーうどん 100年革新プロジェクト(公式)
- カレーうどんの日はなぜ8月2日?由来と誕生100年の歴史を解説 - 気づきのタネ
- 朝松庵(うどん/中目黒)|祖父が大阪で売り出したカレー南蛮を中目黒で - おとなの週末
由来・理由
1928年(昭和3年)8月2日、アムステルダムオリンピックで日本人初の金メダル(陸上三段跳びの織田幹雄)と、日本女性初のメダル(陸上女子800mの人見絹枝・銀)が同日に獲得されたことを記念して制定された。
雑学・小話
アムステルダムオリンピックで2つの快挙が同日に達成された。陸上三段跳びで広島出身の織田幹雄(当時23歳)が15m21の記録で優勝し、日本人初・アジア人初の五輪金メダリストとなった。この種目はその後も南部忠平(1932年ロサンゼルス)・田島直人(1936年ベルリン)が連続制覇し、戦前の「日本のお家芸」と呼ばれた時代を築いた。 同じ日、陸上女子800mでは岡山出身の人見絹枝(当時21歳)が銀メダルを獲得し、日本女性初のオリンピックメダリストとなった。当時「公衆の前で太ももをさらすのは日本女性にあるまじき」という批判を受けながらも出場した先駆者で、国際舞台で果敢に競技した。 人見絹枝は帰国後も精力的に競技を続けたが、1931年に結核で24歳の若さで亡くなった。次の日本人女子陸上メダリストは1992年バルセロナ五輪の有森裕子で、実に64年後のことだった。この1928年8月2日の二つのメダルは、戦前の日本スポーツ史に輝く記念碑的な快挙として語り継がれている。
制定:博多人形商工業協同組合(2000年)
由来・理由
「博多(は(8)に(2))人形」の語呂合わせと博多人形誕生400年の節目にあたる2000年(平成12年)に、博多人形商工業協同組合が制定した。博多人形の歴史と文化を広く知ってもらい、郷土工芸品の再認識と継承を目的とする。
雑学・小話
博多人形の起源は1600年(慶長5年)にさかのぼる。初代福岡藩主・黒田長政の筑前入国に伴って多くの職人が集められ、その職人たちが焼いた素焼き人形が始まりとされる。江戸時代後半には正木宗七・中ノ子吉兵衛・白水武平らの名工が登場し、技術の高さが全国に知れ渡るようになった。 博多人形は「素焼き」と呼ばれる低温焼成後、胡粉(ごふん:貝殻の粉末)とニカワを混ぜた「艶びき」を丁寧に塗り重ね、その上から繊細な彩色を施す独特の製法で作られる。約900℃で焼成された本体は白く滑らかな肌を持ち、舞妓・武者・童など多彩な題材が表現される。 明治以降、パリ万博などの国際博覧会で高い評価を受け、「博多人形」は海外でも知られる日本の代表的工芸品となった。国の伝統的工芸品にも指定されており、現代では彫刻家出身の作家も参入するなど伝統と革新が共存する工芸の世界が続いている。
制定:一般社団法人日本おやつ協会
由来・理由
「お・や(8)つ(2)」の語呂合わせに由来し、一般社団法人日本おやつ協会が制定した。おやつ文化を広く普及させ、菓子産業の活性化と豊かな食習慣の定着を目的とする。
雑学・小話
「おやつ」という言葉は江戸時代の時刻表現「八つ時(やつどき)」に由来する。「八つ時」は一日を十二等分した「刻(こく)」のひとつで、現代の午後2時から4時頃にあたる。当時は朝食と夕食の1日2食が基本だったため、長い昼の時間に小腹を満たす間食が習慣化し、「八つ時に食べるもの」が「おやつ」と呼ばれるようになった。 現代では午後3時頃のティータイムにおやつを楽しむ習慣が一般的だが、そのルーツは農村で働く人々の実用的な補食にある。明治以降に砂糖や小麦粉が普及すると、羊羹・最中・あんパン・バウムクーヘンなど多彩な菓子が「おやつ」として食卓に上るようになった。 近年の研究では、食事と食事の間の適度な間食が血糖値の急上昇を防ぎ、集中力の維持に役立つとされる。特に成長期の子どもにとっては1日の栄養を補うエネルギー源として重要視されており、「おやつの質」を重視する栄養教育の観点からも注目されている。