✦ ツキヨミ ✦

83日は何の日?

4件の記念日があります

はちみつの日食べ物・飲み物

制定:全日本はちみつ協同組合・日本養蜂協会(1985年)

由来・理由

「はち(8)みつ(3)」の語呂合わせに由来し、全日本はちみつ協同組合と日本養蜂協会が1985年(昭和60年)に共同で制定した。夏はハチの活動が活発で蜂蜜の生産も盛んな時期であり、蜂蜜の魅力と価値を広く伝えることを目的として設けられた。

雑学・小話

人類と蜂蜜の関係は古く、スペイン東部の洞窟壁画(約8,000〜1万年前)には採蜜の様子が描かれており、古代エジプトでは紀元前5,000年頃には養蜂が職業として成立していた。日本でも平安時代には宮中への献上品として珍重されていた。 ミツバチ1匹が一生涯(約40日)に集める蜂蜜の量は、ティースプーン約12分の1杯(約1.5g)ほどにすぎない。一瓶(約300g)の蜂蜜を集めるには、数百万回の花への往来が必要とされる。蜂蜜の成分は糖分(果糖・ブドウ糖など)が約80%、水分が約20%で、抗菌性を生む特性から適切に保管すれば腐らない唯一の天然食品として知られる。 蜂蜜の種類は蜜源植物によって多岐にわたり、日本国内でもアカシア・百花・そば・みかんなど特色ある品種が生産されている。国産蜂蜜は輸入品と比べて希少で高価だが、産地の花の香りを忠実に反映した風味が愛好家に支持されている。近年は減少傾向にあるニホンミツバチを守る活動も広がっており、蜂蜜の生産は農業・生態系の両面で注目されている。

はちみつの日の単独ページを見る →
八丁味噌の日食べ物・飲み物

制定:八丁味噌協同組合(2018年)

由来・理由

「八(8)丁・味(3)噌」の語呂合わせに由来し、八丁味噌協同組合が2018年(平成30年)に制定した。岡崎城から西に八丁(約870m)の地「八丁村(現・岡崎市八帖町)」で江戸時代から続く伝統製法と、豆みそを代表するブランドの普及を目的として設けられた。

雑学・小話

八丁味噌は愛知県岡崎市の八帖町(旧・八丁村)で400年以上続く豆みその一種だ。大豆・塩・少量の水のみを使い、直径約2mの巨大な木桶に仕込んで約3トンもの重石を円錐形に積み上げ、二夏二冬(2年以上)かけて天然醸造する。この伝統製法を守るのは「カクキュー(合資会社八丁味噌)」と「まるや八丁味噌」の2社のみで、それぞれ江戸時代の創業から手法を継承している。 長期熟成によって生まれる深い旨みと独特の渋み・酸味は他の豆みそとは一線を画す。三河地方では江戸時代からみそ煮込みうどん・どて煮・みそカツなど郷土料理に欠かせない食材として根付いており、徳川家康の出身地・岡崎を象徴する食文化でもある。 2018年には農林水産省の地理的表示(GI)保護制度をめぐり、岡崎の2社と県内の他メーカーが求める広域登録との間で対立が生じ、最終的に後者の登録が認められて物議をかもした。伝統製法の地域ブランド保護という観点から国内外の関心を集める事例として今日も語られている。

八丁味噌の日の単独ページを見る →
司法書士記念日社会・国際

制定:日本司法書士会連合会(2010年)

由来・理由

1872年(明治5年)8月3日、太政官無号達「司法職務定制」が布告され、証書人・代書人・代言人の3職能が制度化された日に由来する。代書人は現在の司法書士の前身にあたる。日本司法書士会連合会が2009年の定時総会で制定を決議し、2010年(平成22年)に「司法書士記念日」として正式に制定した。

雑学・小話

「司法職務定制」は22章108条からなる法典で、フランス・オランダの制度を参考に整備された。これを推進した初代司法卿・江藤新平(1834〜1874)は「貧者と富者を法の下に平等にする」という近代法治の理念を体現した人物として知られる。制度化された3職能はその後、証書人→公証人、代書人→司法書士、代言人→弁護士としてそれぞれ現代に引き継がれた。 1872年(明治5年)は日本の近代化が一気に加速した年だった。同年には新橋〜横浜間の鉄道開業、太陽暦への改暦、学制公布(近代教育制度の基礎)なども相次ぎ、司法制度の整備はその一環として行われた文明開化の象徴的な出来事だった。 現在の司法書士は不動産・会社の登記申請や裁判所への書類作成を担う国家資格者で、全国に約2万3,000人が登録している。近年は高齢者を狙った詐欺や多重債務問題への法律相談でも活躍の場が広がっており、「身近な法律家」として市民生活を支えている。

司法書士記念日の単独ページを見る →
ハサミの日文化・芸術

制定:山野愛子(1981年)

由来・理由

「は(8)さ(3)み」の語呂合わせに由来し、美容家・山野愛子が願主となり増上寺に「聖鋏観音塚」を建立した1981年(昭和56年)に提唱した記念日。使い古したハサミへの感謝と供養を通じ、美容・理容・裁縫など多様な分野でハサミを扱う職人・技術者への敬意を表す日として定着している。

雑学・小話

ハサミは人類が長く使ってきた道具のひとつで、最古のものは紀元前1,500年頃のエジプトで作られたU字型(スプリング式)のものが起源とされる。現在一般的なX字型(ピボット式)のハサミはローマ時代に発明されたとされ、中世ヨーロッパで普及した。日本には飛鳥時代に中国・朝鮮を経由して伝わり、江戸時代に鍛冶技術が発展する中で日本独自の高品質なハサミが生み出された。 ハサミの日の提唱者・山野愛子(1909〜1995)は日本の近代美容業界を牽引した美容家で、戦後いち早く美容学校を設立し、美容師という職業の社会的地位向上と技術教育の普及に生涯を捧げた。増上寺(東京・港区)でのハサミ供養は現在も続いており、美容師・理容師・裁縫職人などがハサミへの感謝を込めて参加する。 日本はハサミの製造においても高い技術を誇り、岐阜県関市は古くからの刃物産地として知られる。現代では医療用精密ハサミ・クラフトハサミ・左利き専用ハサミなど用途に応じた専門品が多様化し、「切る」道具としてのハサミは日常生活に欠かせない存在となっている。

ハサミの日の単独ページを見る →
8/2一覧へ8/4