8月3日は何の日?
4件の記念日があります
制定:全日本はちみつ協同組合・日本養蜂協会(1985年)
由来・理由
「はち(8)みつ(3)」の語呂合わせに由来し、全日本はちみつ協同組合と一般社団法人日本養蜂協会(当時の名称は日本養蜂はちみつ協会)が1985年(昭和60年)に共同で制定した。夏はミツバチの活動が最も活発になり蜂蜜の生産も盛期を迎える時期であり、蜂蜜の魅力と価値を広く伝えることを目的として設けられた。
雑学・小話
人類と蜂蜜の関わりは古く、スペイン東部バレンシア近郊の洞窟壁画には約8,000年前とされる採蜜の様子が描かれており、古代エジプトでも壁画から養蜂が組織的に行われていたことが知られている。日本でも平安時代には蜂蜜は貴重な献上品として扱われていたとされる。 蜂蜜が長期間腐りにくいのは、糖分が約80%・水分が20%未満という高糖度・低水分の状態に加え、ミツバチの唾液由来の酵素グルコースオキシダーゼが微量の過酸化水素を作り出し、雑菌の増殖を抑える働きがあるためとされる。ミツバチ1匹が一生(外役として働く期間は数週間程度)に集める蜂蜜はティースプーン1杯にも満たないともいわれ、小さな1瓶を満たすのに無数の花への訪問が必要になる。 日本国内に流通する蜂蜜のうち国産はごく一部で、農林水産省「養蜂をめぐる情勢」(2025年11月公表)によると2024年度の蜂蜜自給率は約5.5%にとどまり、輸入品が国内流通の9割以上を占める。国内生産地は北海道・熊本県などが上位で、アカシア・百花・そばなど蜜源植物ごとに異なる風味を持つ国産蜂蜜は輸入品より希少とされる。近年は減少傾向にあるニホンミツバチの保護活動や、都市部でのミツバチ飼育(アーバンビーキーピング)の広がりも注目されている。
はちみつの日の単独ページを見る →制定:八丁味噌協同組合(2018年)
由来・理由
「八(8)丁・味(3)噌」の語呂合わせに由来し、八丁味噌協同組合が2018年(平成30年)7月に日本記念日協会に登録した。岡崎城から西へ八丁(約870m)の地「八丁村(現・岡崎市八帖町)」で江戸時代から続く伝統製法と、豆みそを代表するブランドの魅力を広く伝えることを目的として設けられた。
雑学・小話
八丁味噌は愛知県岡崎市八帖町(旧・八丁村)で江戸時代初期から続く豆みその一種で、大豆・塩・少量の水のみを原料とする。高さ約2mの木桶に仕込み、約3トンの天然の川石を円錐状に積んで重石とし、二夏二冬(2年以上)かけて天然醸造する。この伝統製法を守るのは「カクキュー(合資会社八丁味噌)」と「まるや八丁味噌」の2社で、両社は2005年(平成17年)に八丁味噌協同組合を設立した。 長期熟成が生む深い旨みと独特の渋み・酸味は他の豆みそと一線を画し、三河地方ではみそ煮込みうどんやみそカツなど郷土料理に欠かせない食材として根付いている。明治以降は博覧会で受賞を重ね、昭和には潜水艦の食糧や南極観測隊の携行食にも採用された。 2017年、農林水産省の地理的表示(GI)保護制度に、県内の広範なメーカーで構成する愛知県味噌溜醤油工業協同組合が現代的な製法も含めて「八丁味噌」を登録した。これに対しカクキューとまるやは2018年3月、伝統製法との違いを理由に登録取消しを求める審査請求を起こし、長年議論が続いた。2025年1月、八丁味噌協同組合が追加の登録生産者団体として認められ、2つの団体がともに八丁味噌の名称使用を認められる形で決着した。
八丁味噌の日の単独ページを見る →制定:日本司法書士会連合会(2010年)
由来・理由
1872年(明治5年)8月3日、太政官無号達「司法職務定制」が布告され、証書人・代書人・代言人の3職能が制度化された日に由来する。代書人は現在の司法書士の前身にあたる。日本司法書士会連合会が2009年の定時総会で制定を決議し、2010年(平成22年)に「司法書士記念日(司法書士の日)」として正式に制定した。
雑学・小話
「司法職務定制」は22章108条からなる法典で、フランス・オランダの制度を参考に整備されたとされる。制定を主導したのは初代司法卿・江藤新平(1834〜1874)で、近代的な司法制度の基礎づくりにあたった人物として知られる。制度化された3職能はその後、証書人→公証人、代書人→司法書士、代言人→弁護士としてそれぞれ現代に引き継がれた。 1872年(明治5年)は日本の近代化が一気に加速した年で、同年には新橋〜横浜間の鉄道開業、太陽暦への改暦、学制公布なども相次いだ。2022年8月3日には司法書士制度が150周年を迎え、全国の司法書士会が相続・遺言セミナーや無料相談会などの記念事業を展開した。 現在の司法書士は不動産・会社の登記申請や裁判所への書類作成を担う国家資格者で、2026年4月1日時点で全国に23,505人(男性18,689人・女性4,816人)が登録されている。判断能力が十分でない高齢者らを支える成年後見制度でも、司法書士は親族以外の第三者後見人のうち最も多く家庭裁判所から選任される職種のひとつとされる。高齢者を狙った詐欺や多重債務問題への法律相談でも活躍の場が広がっており、8月3日には無料相談会や高校生向けの「一日司法書士」体験など、市民との接点を作る取り組みが各地で行われている。
司法書士記念日の単独ページを見る →制定:山野愛子(1977年)
由来・理由
「は(8)さ(3)み」の語呂合わせに由来し、美容家・山野愛子が1977年(昭和52年)に提唱したとされる記念日である。同年8月3日、東京・芝の大本山増上寺で最初の「ハサミ供養法要」を営み、その後1981年(昭和56年)8月3日には同寺境内に願主として「聖鋏観音塚」を建立・開眼した。使い古したハサミへの感謝と供養を通じ、美容・理容・裁縫など多様な分野でハサミを扱う職人・技術者への敬意を表す日として定着している。
雑学・小話
ハサミは人類が長く使ってきた道具のひとつで、最古のものは紀元前1,500年頃のエジプトで作られたU字型(スプリング式)のものが起源とされる。現在一般的なX字型(ピボット式)のハサミはローマ時代に発明されたとされ、中世ヨーロッパで普及した。日本には飛鳥時代に中国・朝鮮を経由して伝わり、江戸時代に鍛冶技術が発展する中で日本独自の高品質なハサミが生み出された。 提唱者の山野愛子(1909〜1995)は、日本にパーマ技術を紹介し普及させた美容家で、1925年に東京・日本橋で山野結髪所を開業し、1934年には山野美容講習所(現・山野美容専門学校、学校法人山野学苑の前身)を開設した。1954年には日本美容師総連合会会長に就任し、1980年には女性として勲三等瑞宝章を受章、1992年には山野美容芸術短期大学を設立して初代学長に就任するなど、戦後日本の美容業界の地位向上と技術教育の普及に生涯を捧げた。 増上寺の聖鋏観音塚に安置される観音像は、彫刻家・北村西望(長崎の平和祈念像の作者としても知られる)が手がけた「聖久観世音菩薩」で、ハサミを胸に抱く珍しい姿をしている。供養法要は現在も毎年8月3日に営まれ、山野美容専門学校の生徒らが参列するほか、美容師・理容師にとどまらず植木職人や花店の職人など日常的にハサミを使う人々が、持参したハサミへの感謝を込めて供養に参加している。 日本はハサミの製造においても高い技術を誇り、岐阜県関市は鎌倉時代に大和国(現・奈良県)から刀鍛冶が移り住んだことに始まる約800年の歴史を持つ刃物産地である。江戸時代以降に日本刀の需要が減少すると、1876年(明治9年)の廃刀令を機に刀鍛冶の多くが包丁やハサミなど日用刃物を作る「野鍛冶」へ転身し、その技術が今日まで受け継がれてきた。関市はドイツのゾーリンゲン、英国のシェフィールドと並ぶ「世界三大刃物産地」の一つに数えられている。現代では医療用精密ハサミ・クラフトハサミ・左利き専用ハサミなど用途に応じた専門品が多様化し、「切る」道具としてのハサミは日常生活に欠かせない存在となっている。
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