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84日は何の日?

4件の記念日があります

箸の日食べ物・飲み物

制定:藤本商會本店(2014年)

由来・理由

「は(8)し(4)」の語呂合わせにちなむ記念日。正しい箸の使い方を見直し、箸文化を次世代に伝えることを目的に、民俗学研究者の提唱を受けてわりばし組合が1975年(昭和50年)に制定したのが始まりとされる。その後、箸メーカーの藤本商會本店がこの日を記念日として制定し、2014年(平成26年)に日本記念日協会により認定・登録された。

雑学・小話

箸は日本を代表する食文化のシンボルだが、その起源はおよそ3,000年前の中国にさかのぼる。最初は2本の棒で食物を火から取り出す道具として使われ、食事用具として普及したのは約1,500年前とされる。日本には6〜7世紀に中国との文化交流(遣隋使・遣唐使など)を通じて伝わったとされ、聖徳太子が宮廷の食事に導入したという記録が残っている。 日本の箸文化は中国・韓国・ベトナムなどと並ぶ「箸食文化圏」の一員だが、日本の箸には独自の特徴がある。先端が細く尖っていること、比較的短いこと、漆塗りや木工芸が発達したことなどが日本式の特徴だ。中国の箸は長く太め、韓国は金属製が多いなど各国でスタイルが異なる。 日本では割り箸の文化も独特の存在感を持つ。江戸時代に外食文化が広まるとともに普及し、現在でも年間約200億膳以上が使われているとされる。間伐材の有効活用という側面もあるが、環境負荷を懸念してマイ箸を持ち歩く習慣も近年広まっている。「箸の使い方は人柄を表す」とも言われ、食育の観点からも重視される文化だ。

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ビヤホールの日文化・芸術

制定:株式会社サッポロライオン(1999年)

由来・理由

1899年(明治32年)8月4日、東京・銀座に日本初のビアホール「恵比壽ビヤホール」が開業したことを記念して、株式会社サッポロライオンが創業100周年にあたる1999年(平成11年)に制定した。

雑学・小話

恵比壽ビヤホールは、日本麦酒醸造会社(現・サッポロビール)が東京・銀座6丁目に開いた日本初のビアホールで、開業当日は大勢の客が押し寄せるほどの盛況だったとされる。当時の日本ではビールはまだ高価な輸入品が主流だったが、国産ビールを手頃な値段で楽しめる場として庶民にも喜ばれた。 開業した1899年(明治32年)は、日本の近代工業化が加速する時代。ビールは文明開化の象徴的な飲み物として上流・中流層から広まり、ビヤホールはその普及を大衆化した場として機能した。ビール大ジョッキ1杯が当時の食事代1食分に相当したという記録もあり、庶民にとっての特別な贅沢だった。 恵比壽ビヤホールの後身にあたる「銀座ライオン」は現在も営業を続けており、1934年(昭和9年)竣工のオリジナルを維持している。館内に描かれた麦の穂やホップのモザイク壁画は国の登録有形文化財に指定されており、ビヤホール文化の生きた遺産として愛されている。日本のビヤホール文化はその後全国に広まり、夏の風物詩として定着した。

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栄養の日健康・医療

制定:公益社団法人日本栄養士会(2016年)

由来・理由

「えい(8)よう(4)」の語呂合わせにちなみ、公益社団法人日本栄養士会が2016年(平成28年)に制定。8月4日〜10日の「栄養週間」の初日にあたり、正しい栄養の知識を普及し国民の健康増進を図ることを目的としている。

雑学・小話

日本では戦後の食糧難を経て、栄養不足の解消が長らく国民的課題だった。1952年(昭和27年)に栄養改善法が制定され、栄養士・管理栄養士制度が整備されるとともに学校給食や食育が普及した。現代では栄養不足よりも「栄養の偏り」が課題となっており、生活習慣病(糖尿病・高血圧・肥満)の予防に食事指導の重要性が増している。 「栄養の日・栄養週間」は管理栄養士・栄養士の社会啓発活動の場として、全国各地でイベントが開催される。スーパーや医療機関での栄養相談、学校での食育授業、SNSを通じた健康レシピ発信など、活動形式も多様化している。管理栄養士は現在、医療・介護・学校・企業・行政など幅広い分野で活躍しており、チーム医療の一員としての役割も高まっている。 近年の栄養学の進歩は目覚ましく、腸内細菌と免疫・精神の関係、機能性食品の効果検証、個人の遺伝子に合わせた「精密栄養学」など新たな知見が次々と生まれている。「食は薬なり」という古来の概念が、科学的根拠を持つ形で再評価されつつある時代だ。

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橋の日社会・国際

制定:宮崎「橋の日」実行委員会(1986年)

由来・理由

「は(8)し(4)」の語呂合わせにちなむ記念日。1985年(昭和60年)に宮崎市在住・延岡市出身の湯浅利彦氏が提唱し、翌1986年(昭和61年)8月4日、延岡市の五ヶ瀬川に架かる安賀多橋で第1回イベントが開催されたのが始まりとされる。1987年(昭和62年)には宮崎「橋の日」実行委員会が発足し、身近な橋を点検・清掃し、橋への感謝と大切さを見直す機会として全国に広まった記念日。

雑学・小話

提唱者の湯浅利彦氏は橋梁に携わる仕事の経験から「橋の日」を発案したと伝えられる。「橋とのふれあいを通して橋の役割に思いを馳せ、感謝の気持ちを持つことで、故郷を愛する心を育てたい」という思いが活動の原点だという。 第1回イベントの舞台となった安賀多橋には「命の橋」という別名がある。太平洋戦争末期の延岡空襲で市街地中心部が焼け野原となった際、多くの市民がこの橋の下に逃げ込んで難を逃れたとされ、地域の記憶を伝える橋として今も語り継がれている。 活動は宮崎県内にとどまらず全国へ広がり、2015年(平成27年)には全国47都道府県で「橋の日」にちなむ催しが行われるまでになった。宮崎「橋の日」実行委員会は現在も清掃活動やパネル展、写真展、作文コンクールなどを通じて橋への関心を呼びかけている。 橋は交通・物流・地域連携を支える一方、老朽化が課題にもなっている。国土交通省によると、道路橋(橋長2メートル以上、全国約73万橋)のうち建設後50年以上経過するものの割合は2023年3月時点で約37%、2040年3月には約75%に達する見込みで、点検・修繕の重要性が指摘されている。 日本を代表する橋のひとつが明石海峡大橋だ。全長3,911.1メートルの吊り橋で1998年4月5日に開通し、兵庫県神戸市と淡路島(淡路市)を明石海峡を挟んで結んでいる。橋はしばしば「つながり」の象徴として語られ、人と人・地域と地域を結ぶ役割をその名に宿している。

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