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8月5日は何の日?

4件の記念日があります

タクシーの日社会・国際

制定:東京乗用旅客自動車協会(1984年)

由来・理由

1912年(大正元年)8月5日、東京・数寄屋橋付近を拠点に「タクシー自働車株式会社」がT型フォード6台で日本初のタクシー営業を開始したことを記念して、東京乗用旅客自動車協会が1984年(昭和59年)に制定した。

雑学・小話

日本初のタクシーは1912年(大正元年)8月5日、東京・数寄屋橋付近でT型フォード6台が走り始めたとされる。「タクシー自働車株式会社」を設立した創業者たちは、メーターを使って走行距離に応じた運賃を徴収するという、当時としては斬新な仕組みを導入した。 開業当初の運賃は1マイル(約1.6km)ごとに60銭、以後0.5マイルごとに10銭を加算する体系だったと伝えられる。当時の山手線の一区間が5銭、市電が4銭だったことと比べると、タクシーはかなり高価な乗り物だったといわれる。それでも文明の利器として人気を集め、富裕層や外国人客の間で広まったとされる。その後、関東大震災(1923年)や戦争を経て、戦後の高度経済成長期にはモータリゼーションとともにタクシーが急速に普及した。 現在の日本のタクシー業界は、全国ハイヤー・タクシー連合会の集計によると法人・個人を合わせて約19万台が稼働しているとされ、高齢化社会における移動支援の観点からも重要性が増している。近年は配車アプリの普及により予約・呼び出しが便利になったほか、電気自動車タクシーの導入も進んでいる。2012年には創業100周年を迎え、記念イベントが行われたとされる。

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発酵の日健康・医療

制定:マルコメ株式会社(2012年)

由来・理由

「はっ(8)こう(5)」の語呂合わせにちなみ、長野県長野市に本社を置く味噌メーカー、マルコメ株式会社が2012年に日本記念日協会へ申請し制定した。味噌や糀甘酒など発酵食品の魅力を子どもたちや多くの人に知ってもらいたいとの思いから、夏休みの時期にこの日を記念日にしたと説明されている。

雑学・小話

発酵とは、微生物(細菌・酵母・カビなど)の働きで食品の成分が変化する現象で、みそ・しょうゆ・酒・酢・漬物など日本の食文化に欠かせない技術である。農林水産省によれば日本の発酵の特徴は米麹を中心に用いる点にあり、麹菌がタンパク質を分解して生じる「ペプチド」には血圧を下げる働きがあることが研究でわかり、特定保健用食品にも利用されている。 みその前身とされる「未醤(みしょう)」は、奈良時代の地方収支報告書「正税帳」に租税品目として記録が残る。天平2年(730年)ごろ、複数の国の正税帳に「醤」「未醤」の名があることから、奈良時代には各地で原型となる調味料がつくられ、租税として納められていたと考えられている。制定者のマルコメ株式会社は、1854年(安政元年)に長野市で味噌・醤油醸造業として創業した老舗で、1948年の法人化を経て1990年に現在のマルコメ株式会社へ社名を変えた。2009年3月には業界に先駆けて液状タイプの「液みそ」を発売している。 発酵食品の健康面の研究も進んでいる。農林水産省の記事では、腸内の免疫細胞を刺激するのは生きた乳酸菌だけでなく、乳酸菌の死骸も影響することが研究で明らかになったと紹介されている。日本食品科学工学会誌の研究では、通常程度のみそ汁摂取が食後血糖値の上昇抑制に一定の影響を及ぼす可能性が示唆された。腸内細菌と脳が相互に影響し合う「腸脳相関」も研究が進む分野で、発酵食品摂取が精神的健康に与える具体的な効果は今後の研究課題とされる。

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親子丼の日食べ物・飲み物

制定:関西鶏卵流通協議会(2018年)

由来・理由

「お(0)や(8)こ(5)」の語呂合わせにちなみ、関西鶏卵流通協議会が制定し、2018年(平成30年)に一般社団法人日本記念日協会に認定・登録された。夏場に消費が落ち込みやすい鶏肉・鶏卵の消費喚起と、日本を代表する丼料理・親子丼の魅力を広めることを目的としている。

雑学・小話

親子丼の発祥は、東京・日本橋人形町にある軍鶏(しゃも)鍋の老舗「玉ひで」(創業宝暦10年〔1760年〕)とされる。初代・山田鐡右衛門は徳川将軍家に仕えるかたわら、妻「たま」とともに軍鶏鍋の店を開いたと伝えられる。屋号「玉ひで」は、妻の名「たま」と五代目当主・秀吉の一字を組み合わせたものと伝えられる。 親子丼そのものは、明治20年(1887年)頃、軍鶏鍋の締めに残った肉と割り下を卵でとじてご飯とともに食べる客が現れ、これを「親子煮」と呼んだのが始まりとされる。明治24年(1891年)、五代目秀吉の妻・とくがこの「親子煮」を食べやすいようご飯に乗せて一品料理としたのが、親子丼の始まりとされる。当初は店では提供せず、兜町・米屋町・日本橋を中心に出前専用の料理として広まり、店の昼のメニューとして正式に提供されるようになったのは1979年(昭和54年)で、それまで90年近く出前料理として親しまれていたことになる。 現在、親子丼は鶏もも肉・玉ねぎ・だし・醤油・みりんで作ったたれで煮た具材を卵でとじ、ご飯にのせるスタイルが定着し、全国の食堂や牛丼チェーン、家庭料理として親しまれている。農林水産省「食料需給表」(令和5年度確定値)によると、国民1人・1年当たりの供給量は鶏肉が14.4kg、鶏卵が16.5kgで、いずれも日常的に消費される身近な食材であることがうかがえる。

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パピコの日文化・芸術

制定:江崎グリコ株式会社(2019年)

由来・理由

「パピ(8)コ(5)」の語呂合わせにちなみ、江崎グリコ株式会社が2019年(令和元年)に制定し、一般社団法人日本記念日協会の認定を受けた記念日。2本1組の棒アイスを大切な人と分け合う「半分こ」の文化を広め、「わたしとあなた」の2人でパピコとともに前向きな気持ちも分け合ってほしいという願いを込め、共有と絆の喜びを伝えることを目的としている。

雑学・小話

パピコは1974年(昭和49年)に江崎グリコが発売した棒アイスで、当初は「乳酸ミルク」という名称で販売され、これが現在の定番フレーバー「ホワイトサワー」の原型となった。2本1組のツインパック形状は、同社が先行販売していたバーアイス「グリコWソーダアイス」を参考にしたもので、企画段階では1本容器も検討されたが「友達同士や親子で気軽に分け合える」商品を目指して2本連結の形に決まり、この構造は特許を取得している。「1本を自分で、もう1本を大切な人に」というコンセプトは発売当初からあり、半世紀にわたって「シェアするアイス」の代名詞として親しまれてきた。1977年には姉妹フレーバー「チョココーヒー」を発売し、当初の想定以上に中学生層の支持を集めて大ヒットとなった。同フレーバーは現在もパピコ全体売上の約半分を占める看板商品である。 発売当初のパピコはやや粗い氷菓の食感だったが、1998年に「なめらか食感」のフローズンスムージー製法へ改良したことで大人の購買層を取り込み、売上が大きく伸びた。江崎グリコによれば、パピコの累計販売数は2022年7月時点で38億個を超え、直近10年間で売上は約2倍に拡大している。CMにはAKB48メンバーや優香、TOKIO、吉岡里帆らが起用され、「大切な人とパピコを分け合う」という統一コンセプトのもとで長年親しまれてきた。 江崎グリコの創業者・江崎利一は1921年(大正10年)に大阪市西区で「合名会社江崎商店」を設立し、翌1922年(大正11年)2月11日、大阪・三越百貨店で牡蠣の煮汁から抽出した栄養素「グリコーゲン」を配合した栄養菓子「グリコ」を発売した。同社はこの発売日を自社の「創立記念日」と定めている。「一粒三百メートル」のキャッチコピーとともに健康的なお菓子のイメージを確立し、大阪・道頓堀のグリコサイン(初代は1935年〈昭和10年〉点灯)は、2014年に6代目としてLED化されながらも大阪を象徴する観光名所であり続けている。 パピコの日は単なる製品PRにとどまらず、「シェアする文化」の象徴としての提案でもある。SNS時代に大切な人とアイスを分け合う写真が投稿されるなど、現代のコミュニケーションの一形態として発展している。暑い夏に誰かと分け合うアイスには、言葉を超えたつながりの象徴が込められている。

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