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8月25日は何の日?

7件の記念日があります

交番の日社会・国際

制定:警視庁(2014年)

由来・理由

1874年(明治7年)8月25日、のちに交番となる「巡査交番所」の設置が議定されたことにちなみ、警視庁が2014年に「交番の日」として制定した。

雑学・小話

交番制度は世界でも独自の仕組みで、地域密着型の警察活動を担う拠点として機能する。1994年に「派出所」という呼称が「交番」に統一された。「KOBAN」は英語でもそのまま使われる国際語となっており、シンガポール・インドネシア・ブラジルなど各国が日本式交番制度を導入・参考にしている。交番の警官は地域のパトロールや住民への道案内など、犯罪対応以外の役割も担う。全国に約6,200か所(警視庁管内は約800か所)の交番が設置されており、地域住民の安全・安心の拠点となっている。「交番」の名称は明治時代の「当番交代」制に由来するとも言われる。

即席ラーメン記念日食べ物・飲み物

制定:日清食品株式会社

由来・理由

1958年(昭和33年)8月25日、日清食品が世界初の即席ラーメンとされる「チキンラーメン」を発売したことにちなむ。お湯を注ぐだけで食べられる手軽さが、食卓に新しい風をもたらした。

雑学・小話

いまや世界中で親しまれている即席ラーメンは、お湯を注いで数分待つだけで一杯ができあがる、画期的な発明だった。その先がけとされる「チキンラーメン」は、麺をあらかじめ味つけして揚げ、乾燥させることで、長く保存でき、すぐに食べられるよう工夫されていたと伝えられる。 開発には、麺をどう乾燥させ、もどりやすくするかなど、いくつもの試行錯誤があったといわれる。手軽さとおいしさを両立させたこの食品は、忙しい暮らしや、お湯さえあれば食べられるという点で、多くの人に受け入れられていった。 その後、カップ型の商品も生まれ、即席麺は日本だけでなく世界の食文化の一部になっていった。災害時の備えとしても役立てられている。この記念日は、身近な一杯の麺に込められた工夫と歴史に、あらためて思いをはせる一日といえる。

東京国際空港開港記念日文化・芸術

由来・理由

1931年(昭和6年)8月25日、東京・羽田に「東京飛行場」が開港したことにちなむ。のちの東京国際空港(羽田空港)であり、日本の民間航空の歩みを語るうえで欠かせない場所とされる。

雑学・小話

飛行機での移動がまだ珍しかった時代、東京の玄関口として羽田に飛行場が開かれた。開港当初の規模は今とは比べものにならないほど小さく、発着する飛行機の数もわずかだったと伝えられる。それでも、空の旅の歴史はここから本格的に始まっていった。 やがて航空技術が進み、飛行機は遠い距離を速く、多くの人を運べる乗り物へと発展していった。羽田空港も拡張を重ね、国内外を結ぶ一大拠点へと姿を変えていったとされる。多くの人が、旅立ちや再会のときをこの空港で過ごしてきた。 今では一日に数えきれないほどの便が発着し、世界とつながる窓口として機能している。この記念日は、空の旅を支えてきた空港の歩みと、人やものを運ぶ航空の役割に目を向けてみる一日といえる。

川柳発祥の日文化・芸術

由来・理由

1757年(宝暦7年)の旧暦8月25日、江戸の柄井川柳(からい せんりゅう)が、最初の「万句合(まんくあわせ)」とよばれる句の選を興行したことにちなむ。「川柳」という名は、この柄井川柳の名に由来するとされる。

雑学・小話

川柳は、五・七・五の十七音で詠む、季語や切れ字の決まりにとらわれない短い詩だ。同じ十七音の俳句が自然や季節を多く詠むのに対し、川柳は人の暮らしや世の中のできごとを、ユーモアや皮肉をまじえて軽やかにうたうのが持ち味とされる。 その名のもとになった柄井川柳は、人々が詠んだ句のなかから面白いものを選ぶ「点者」として人気を集めたと伝えられる。選ばれた句が集められ、世に広まっていくなかで、この形式は「川柳」と呼ばれるようになっていったといわれる。 今でも、新聞の投稿欄や各種の公募などで、時事をとらえた川柳が親しまれている。だれもが気軽に詠めて、暮らしの実感を映し出せるのが川柳の魅力だ。この記念日は、身近な言葉あそびとしての川柳の歴史に触れてみる一日といえる。

サマークリスマス文化・芸術

由来・理由

1974年(昭和49年)8月25日、TBSラジオの深夜番組「パック・イン・ミュージック」のパーソナリティーだった林美雄アナウンサー(1943年8月25日-2002年7月13日)が、リスナーに呼びかけ、12月25日のクリスマスに対して自身の誕生日でもあるこの日を「夏のクリスマス」として祝う催しを開いたことにちなむとされる。

雑学・小話

12月のクリスマスがあるなら、夏にももうひとつのクリスマスがあってもよいのではないか――そんな遊び心から生まれたのが「サマークリスマス」だとされる。林は1967年にTBSへ入社し、1970年から深夜放送「パック・イン・ミュージック」を担当、荒井由実(後の松任谷由実)や石川セリ、タモリらをいち早く世に送り出したことで知られる人物である。 1974年の初回の集いでは、石川セリが代表曲「八月の濡れた砂」を歌い、荒井由実がピアノ伴奏を務めたと伝えられる。ラジオを通じてつながったリスナーたちが、林の呼びかけに応えて夏のひとときを分かち合った催しだったという。 林は2002年7月に58歳で亡くなったが、同年8月25日には新高輪プリンスホテルで追悼イベント「サマークリスマス~林美雄フォーエバー」が開かれ、約700人が参列したと伝えられる。大きな決まりごとがあるわけではなく、夏のひとときを思い思いに楽しむのがサマークリスマスらしさだ。この記念日は、暑さの残るこの時期に、肩ひじ張らずに季節のイベントを楽しんでみるきっかけといえる。

サマークリスマスの単独ページを見る →
パステル和(NAGOMI)アートの日文化・芸術

制定:日本パステルホープアート協会

由来・理由

パステルを粉状にして指で描く「パステル和(NAGOMI)アート」を広める日本パステルホープアート協会が制定。2007年8月25日に最初のスクーリング(講座)が行われたことにちなむ。日本記念日協会に登録されている。

雑学・小話

パステル和アートは、パステルを粉状にけずり、指でやさしく塗り広げて描く、やわらかな風合いのアートとされる。筆を使わず指先で色をのせていくため、絵を描くのが苦手だと感じる人でも、気軽に楽しめるのが特徴だといわれる。 ふわりとぼかされた色合いは、見る人にも描く人にもあたたかな印象を与える。短い時間で一枚を仕上げられることが多く、子どもから高齢の人まで、幅広い世代で親しまれてきたとされる。手を動かして色とふれあう時間そのものが、心を落ち着けるという声もある。 この記念日は、「心ゆたかで健やかな暮らし」を願う思いとともにある。上手か下手かにとらわれず、色を楽しむこと自体に価値があるという考え方は、アートとの新しい向き合い方を教えてくれる。手軽に始められる表現として、創作のひとときを味わってみたい。

ヒカリをカナタに届ける日社会・国際

制定:認定NPO法人ヒカリカナタ基金

由来・理由

途上国で、手術費用が用意できずに見えないまま暮らす視覚障害の子どもたちを支援する、認定NPO法人ヒカリカナタ基金が制定。治療によって光を取りもどせる子どもたちに、その機会を届けたいという願いがこめられているとされる。

雑学・小話

世界には、手術を受ければ目が見えるようになるのに、その費用がまかなえないために、見えないまま暮らしている子どもたちがいると伝えられる。ヒカリカナタ基金は、そうした子どもたちの治療を支えようと活動している団体だとされる。 基金を立ち上げたのは、自身も幼いころに視力を失った人物だと伝えられる。途上国に盲学校を設けるなかで、入学を希望して集まった子のなかに、治療すれば見えるようになる子が少なくないと気づいたことが、活動のきっかけになったといわれる。 目が見えるようになることは、その子の人生の可能性を大きく広げる。母親の顔を初めて見たという子もいるという。この記念日は、遠い国の子どもたちの「見える未来」を支える取り組みに目を向け、できることを考えるきっかけといえる。

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