8月11日は何の日?
5件の記念日があります
由来・理由
「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨とする国民の祝日。超党派の議員連盟がまとめた改正祝日法が2014年5月に成立し、2016年から施行された最も新しい国民の祝日である。当初は8月12日が候補だったが、1985年の日航機墜落事故の日と重なることから8月11日に変更された。
雑学・小話
山の日制定を求める運動は、2002年の国際山岳年を契機に機運が高まり、2009年には日本山岳会が「山の日制定プロジェクト」を開始、2010年には山岳関係団体が制定協議会を発足させた。国民の祝日に「海の日」があるのに「山の日」がないのはおかしいという声とともに、超党派の国会議員による働きかけが本格化し、2013年には超党派の「山の日」制定議員連盟が発足。2014年3月、与野党が共同で祝日法改正案を提出し、同年5月23日に参議院本会議で可決・成立、2016年1月1日から施行された。日付は当初8月12日が有力候補だったが、1985年8月12日に日本航空123便墜落事故が起きた日と重なることへの懸念が示され、お盆休みとも重なりやすい8月11日に決定した。8月に国民の祝日ができたのはこれが初めて。日本には3,000m級の山々が多く、富士山・北アルプス・南アルプスなど登山愛好家に人気の山が揃う。祝日化により登山・ハイキングを楽しむ人が増え、夏休みと重なることが多いため山小屋や登山道が例年より混雑する。
山の日の単独ページを見る →制定:前畑秀子・古川勝顕彰活動委員会(2023年)
由来・理由
1936年(昭和11年)8月11日のベルリンオリンピックで、競泳女子200m平泳ぎの前畑秀子が日本人女性初の金メダルを獲得し、その模様をNHKの河西三省アナウンサーが「前畑ガンバレ」と連呼して実況したことにちなむ。和歌山県橋本市の前畑秀子・古川勝顕彰活動委員会が制定し、2023年(令和5年)に日本記念日協会に認定・登録された。
雑学・小話
前畑秀子は和歌山県橋本市出身の競泳選手で、1932年のロサンゼルス五輪では惜しくも銀メダルに終わった。雪辱を期して臨んだ1936年のベルリン五輪・女子200m平泳ぎで、地元ドイツの選手と最後まで競り合い、わずかな差で優勝。日本人女性として初のオリンピック金メダリストとなった。 このレースは、日本初のオリンピックラジオ実況中継として伝えられる。NHKの河西三省アナウンサーは興奮のあまり「前畑ガンバレ」を23回、勝利が決まった瞬間には「前畑勝った」を12回連呼したとされる。日本時間では真夜中だったにもかかわらず、多くの人がラジオの前で固唾をのんで聴き入ったと伝えられる。 記念日を制定した「前畑秀子・古川勝顕彰活動委員会」の名に古川勝が並ぶのは、同じ橋本市出身の水泳選手だからだ。古川は1956年メルボルン五輪の男子200m平泳ぎで独自の潜水泳法により金メダルを獲得したが、その水泳人生は帰郷した前畑に平泳ぎを褒められ「やる気になった」ことがきっかけだったと伝えられている。橋本市では「前畑秀子・古川勝記念水泳大会」が毎年開催され、資料展示館も設けられており、二人の功績を合わせて顕彰する活動が続けられている。
前畑ガンバレの日の単独ページを見る →由来・理由
1960年(昭和35年)8月、森永製菓株式会社が日本初となる国産インスタントコーヒーを発売したことにちなむ記念日。同社は1959年(昭和34年)にデンマークから製造設備を導入して国産化に着手し、翌1960年に発売した。発売日は8月11日とする資料が多いが8月10日とする資料もあり、正確な日付を裏付ける森永製菓公式の一次資料は確認できていない。記念日を正式に制定・登録した団体も明確ではないとされる。
雑学・小話
インスタントコーヒーは、抽出したコーヒー液を乾燥させて粉末や顆粒にした加工品だ。森永製菓の食品研究所は昭和26年(1951年)ごろから、進駐軍の兵士が愛用していた「ソリュブルコーヒー」に着目し研究・試作を重ねていたとされる。当時の日本人1人あたりのコーヒー消費量はアメリカ人に比べてはるかに少なかったが、需要の伸びを見込みデンマークから製造設備を導入した。 発売された製品第1号は、世界でも珍しい100パーセントピュア原料の高品質と、1杯あたり約10円という手頃な価格が受け、「タッタ…5秒でホンモノの味」のキャッチフレーズとともにマスコミでも話題となり、発売直後から大ブームとなった。喫茶店で味わう特別な飲み物だったコーヒーが、お湯を注ぐだけで各家庭でも楽しめる存在になった転機とされる。 折しも1958年(昭和33年)には、日清食品の前身サンシー殖産が世界初とされるインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売し、「インスタント」という言葉が流行語になっていた時期でもあった。その後、コーヒー液を凍結させ低温で乾燥させ香りを保つ「フリーズドライ製法」も普及し、スプレードライ製法と並ぶ製法となった。経済性の高いスティックタイプのインスタントコーヒーは品揃えが強化されるなど、今も家庭向けの定番として根強い人気を保つ。
インスタント・コーヒーの日の単独ページを見る →制定:株式会社明治(2016年)
由来・理由
2016年(平成28年)に施行された国民の祝日「山の日」(8月11日)にちなみ、チョコレートの部分を縦に2つ並べると「8」、クラッカーの部分を横に2つ並べると「11」に見えることから、株式会社明治が同日を「きのこの山の日」として申請し、日本記念日協会が認定した。
雑学・小話
「きのこの山」は1975年(昭和50年)に明治から発売されたチョコレート菓子だ。クラッカーの軸の上にチョコレートのかさをのせた、きのこを思わせる愛らしい形が特徴で、発売直後から人気を呼び、当時の菓子の販売記録を塗り替えたとされる。 その4年後の1979年(昭和54年)には姉妹品「たけのこの里」が誕生し、以来「きのこ派」か「たけのこ派」かを巡る論争は世代を超えて語り継がれる定番ネタとなった。「きのこの山の日」の制定は、2016年に「山の日」が新たな国民の祝日として施行されることを知った開発担当者が「これこそ天啓だ」と感じたことがきっかけだったという。一方、「たけのこの里」担当者は「記念日に制定できそうな日はなさそうですね」とユーモアを交えたコメントを寄せ、記念日を巡っても両者の火花が散った。 制定を記念して東京・新宿ステーションスクエアでは「きのこの山びこ」と題したイベントが開催され、「ヤッホー」と叫ぶと商品がもらえる企画のほか、限定オリジナルTシャツ(50名)やQUOカード2,000円分(3,000名)が贈られるキャンペーンも行われた。発売から半世紀近くを経た今も、きのこ型のチョコレート菓子は形・名前・パッケージのすべてに遊び心が息づく、明治を代表するロングセラーであり続けている。
- 明治、8月11日を「きのこの山の日」に 記念日制定でイベント - 日本食糧新聞・電子版
- <きのこの山>「山の日」に便乗いたしました。『きのこの山の日』を制定 - PR TIMES
- ヒストリー|きのこの山・たけのこの里|株式会社 明治
制定:野中貿易株式会社
由来・理由
スティールパンを最初に調律した人物の一人とされるウィンストン・サイモンの誕生日である8月11日にちなみ、楽器を扱う野中貿易株式会社が制定した。国連が定めた「世界スティールパン・デー(World Steelpan Day)」を日本でも祝うことを目的としている。
雑学・小話
スティールパンは、カリブ海の島国トリニダード・トバゴで生まれた打楽器だ。ドラム缶(金属製のオイル缶)の底面を叩いて凹ませ、面ごとに異なる音程が出るように精巧に調律して作られる。透明感のある澄んだ音色が特徴で、「20世紀に生まれた数少ない新しいアコースティック楽器」とも言われる。 この楽器が生まれた背景には、植民地時代の歴史がある。打楽器の演奏が制限されていた人々が、身近にあった廃材のドラム缶を工夫して楽器に作り替えたことが起源とされる。逆境のなかから生まれた創意工夫が、やがて国を代表する音楽文化へと育っていった。 スティールパンは複数台を組み合わせた「スティールバンド」として、トリニダード・トバゴのカーニバルを華やかに彩る。陽気で温かなその響きは世界中の人々を魅了し、日本でも演奏者やファンが少しずつ広がっている。記念日は、この楽器の魅力と歴史に触れるきっかけとなっている。