7月30日は何の日?
4件の記念日があります
制定:東農園(和歌山県みなべ町)(2004年)
由来・理由
「7(なん)が30(さる)」=「難が去る」という言い伝えの語呂合わせと、ちょうどこの時期に梅の土用干しが終わり新物の梅干しが出回り始めることにちなみ、和歌山県みなべ町で1834年(天保5年)創業の梅干し製造元・東農園が2004年に制定した。日本記念日協会の認定を受けている。
雑学・小話
梅干しは日本最古の保存食のひとつで、奈良時代の文献にも記録が残る。平安時代には、疫病で危篤となった村上天皇が梅干しと昆布茶を口にしたところ快復したという言い伝えがあり、当時から薬として重宝されていた。戦国時代には武将が梅干しを携帯食・兵糧として持ち歩いたことでも知られる。 梅干しづくりは、6月ごろに収穫した梅を塩漬けにしたのち、7月の土用の時期に3日3晩ほど天日にさらす「土用干し」を経て仕上げられる。この工程で梅の水分が抜けて保存性が高まり、独特の風味も引き出される。主成分のクエン酸には疲労回復・食欲増進・殺菌効果があるとされ、「梅はその日の難逃れ」ともいわれる。近年の研究では、梅の加工過程で生じる香り成分「バニリン」に脂肪細胞の肥大・増加を抑える働きがある可能性も報告されている。 和歌山県みなべ町は南高梅(なんこうめ)発祥の地とされ、町の梅収穫量は全国の約25%を占め日本一を誇る。果肉が厚く皮が薄い南高梅は梅干し用として高く評価され、みなべ町と隣接する田辺市の梅栽培は自然と共生する「みなべ・田辺の梅システム」として世界農業遺産にも認定されている。現在は弁当のおかずだけでなく、おにぎりの具や炊き込みご飯、梅酒づくりなど幅広い用途で日本の食卓に根づいている。
梅干の日の単独ページを見る →由来・理由
1953年(昭和28年)7月30日、プロレスラーの力道山(1924〜1963)を中心に「日本プロレス協会」が結成されたことに由来する。同年2月に始まった日本のテレビ放送と相まってプロレスは一気に国民的人気を獲得し、戦後日本の娯楽文化を代表する存在となった。
雑学・小話
力道山(本名:金信洛)は現在の北朝鮮・洪原郡出身で、戦前に日本に渡り大相撲の関脇まで昇進した。しかし番付の壁に阻まれ引退し、渡米してプロレスを習得。帰国後の1952年、日本プロレスの旗揚げに向け準備を進め、翌1953年7月30日に日本プロレス協会を設立した。 1953年はNHKのテレビ放送開始(2月1日)の年で、プロレス中継は視聴率50%を超えることもあったとされる。力道山がシャープ兄弟(アメリカ)を空手チョップで打ち倒す姿は、当時の日本人に戦後の屈辱を晴らす「英雄譚」として受け止められ、街頭テレビの前に人々が集まった。 力道山は1963年に39歳で急逝したが、彼が育てたジャイアント馬場とアントニオ猪木はそれぞれ全日本プロレス・新日本プロレスを旗揚げし、日本独自のプロレス文化を世界に発信した。力道山は「日本プロレスの父」として今日も語り継がれている。
由来・理由
1912年(明治45年)7月30日、明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王が践祚して大正天皇となり、元号が「明治」から「大正」へと改元された日。宮内省発表の崩御時刻は7月30日午前0時43分だが、実際の死去は前夜29日午後10時台だったとする当時の閣僚らの日記も残り、践祚の儀式に間に合わせるため発表時刻が調整されたとみられる。明治元年(1868年)から続いた明治時代が終わり、大正時代が始まった。
雑学・小話
明治天皇(1852〜1912)は45年の在位中、廃藩置県・文明開化・日清戦争・日露戦争など激動の近代化を主導した。崩御の報は国民に大きな衝撃を与え、大喪の礼当日(同年9月13日)には陸軍大将・乃木希典夫妻が殉死したことでも知られる。 改元の詔書には「明治四十五年七月三十日以後ヲ改メテ大正元年ト爲ス」と記され、この日は「明治最後の日」であると同時に「大正最初の日」となった。元号「大正」は中国古典『易経』臨卦の彖伝にある「大亨以正、天之道也(大いに亨りて以て正しきは、天の道なり)」に由来する。 一世一元制となった明治以降の元号の中では、大正は15年(正確には14年5か月)と最も短い。大正デモクラシーや関東大震災、大正ロマンなど文化・社会が大きく変容した時代でもある。大正天皇は病弱で、1921年に皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)が摂政に就任して政務を代行し、天皇自身は1926年12月に崩御した。
大正改元の日の単独ページを見る →制定:国際連合(2013年)
由来・理由
2013年12月18日の国連総会決議68/192により、強制労働・性的搾取・臓器売買などを目的とする人身取引(ヒューマン・トラフィッキング)の撲滅を訴えるため、7月30日を「人身取引反対世界デー(World Day against Trafficking in Persons)」と制定した。同決議は人身取引被害者の状況への認識を高め、その権利の保護と促進を図ることを目的とすると明記している。
雑学・小話
人身取引とは、暴力・脅迫・欺罔(だます)・権力の乱用などによって人を支配し、搾取する行為を指す。国連薬物犯罪事務所(UNODC)は2003年以降、世界で22万5000人以上の被害者を確認してきたと発表しているが、これはあくまで摘発・検出された件数であり、実際の被害規模はさらに大きいとみられている。UNODCの最新報告(2024年版)によれば、2022年に検出された被害者数は新型コロナ流行前の2019年と比べて約25%増加し、そのうち子どもの被害者は31%増、強制労働目的の被害者は47%増と、深刻化が指摘されている。被害者の大半は女性・子どもで、出身国よりも豊かな国へ連れて行くという偽りの雇用・結婚話で騙される手口が多い。 日本も人身取引の「送り出し国」「通過国」「受け入れ国」のいずれにもなりうるとされ、2004年に政府が「人身取引対策行動計画」を策定した。技能実習制度の問題や、外国人が性産業へ送り込まれる事例なども国際社会から問題視されてきた。 2000年に国連総会で採択された「パレルモ議定書(人身取引議定書)」は人身取引を国際犯罪として初めて定義した歴史的文書で、2003年に発効し、現在185の国・地域が締約しているとされる。7月30日は世界各地で人身取引被害者への支援と啓発活動が行われる日となっている。
- World Day Against Trafficking in Persons - United Nations
- World Day against Trafficking in Persons - Background | United Nations
- UNODC global human trafficking report: detected victims up 25 per cent