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7月16日の記念日

外国人力士の日

カテゴリ

文化・芸術

由来・理由

1972年(昭和47年)7月16日、大相撲名古屋場所千秋楽で東前頭4枚目の高見山大五郎(本名ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア、米ハワイ準州マウイ島出身、高砂部屋)が13勝2敗の成績で優勝し、外国人力士として史上初の幕内最高優勝を遂げた日に由来する。

雑学・小話

1972年の名古屋場所は上位陣に休場が相次いだ場所だった。唯一の横綱・北の富士、大関・大麒麟、関脇・三重ノ海がそろって休場するなか、高見山は大関・清国や後の横綱・北の湖らを破って白星を重ね、10日目に敗れて2敗目を喫したものの11日目から5連勝。千秋楽に旭国を下して13勝2敗とし、全力士の中でただ一人の好成績で初優勝を果たした。 表彰式では当時のニクソン米大統領からの祝電が駐日アメリカ大使によって読み上げられ、大相撲の表彰式で英語が公式に使われた最初の例になったとされる。高見山は感涙したと伝えられる。 高見山はハワイ準州マウイ島で生まれ、高校時代にフットボールのコーチから相撲を勧められたのがきっかけで角界入りしたとされる。高砂部屋のスカウトを受けて来日し、1964年3月に初土俵を踏んだ。優勝翌場所となる同年9月の秋場所では、外国出身力士として初めて関脇(西張出)に昇進した。幕内在位は16年・97場所に及び、当時の大相撲最長記録だった。 1984年(昭和59年)5月場所で現役を引退した後は年寄・東関を襲名し、1986年2月には外国出身力士として初めて自身の相撲部屋「東関部屋」を創設。後進の指導にあたり、1993年に外国出身力士として初めて横綱に昇進した曙をはじめ、数々の力士を育てた。現在の大相撲は外国出身力士が横綱・大関を長く占める国際色豊かな時代になったが、そのすべての先駆けとなったのが1972年7月16日の高見山の優勝だった。

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