7月14日の記念日
パリ祭(フランス革命記念日)
カテゴリ
文化・芸術
由来・理由
1789年7月14日、フランス市民がパリのバスティーユ牢獄を襲撃したフランス革命の象徴的な日。翌1790年7月14日の「連盟祭」を経て国民祭典として定着し、1880年にフランス国民の祝日(Fête nationale)に制定された。「パリ祭」という呼び名は日本独自の表現。
雑学・小話
1789年当時、バスティーユ牢獄は専制王政の象徴として市民に憎まれていたが、実際に収監されていた政治犯はわずか7名だった。市民が牢獄を占拠した主な目的は、隣接する火薬庫の火薬を手に入れることだったとされる。この事件を機にフランス革命が本格化し、同年8月26日に「人間と市民の権利の宣言」(フランス人権宣言)が採択された。「自由・平等・友愛(Liberté, Égalité, Fraternité)」というフランスの国是はこの革命から生まれた言葉だ。現代では毎年7月14日にパリのシャンゼリゼ通りで大規模な軍事パレードが行われ、エッフェル塔付近で花火が打ち上げられる。「パリ祭」という呼び名が日本で広まったのは、1933年公開のルネ・クレール監督作品『Quatorze Juillet(7月14日)』の邦題「巴里祭」が由来。フランス本国ではこの日を「パリ祭」とは呼ばず、単に「7月14日(Le Quatorze Juillet)」または「国民の祝日(Fête nationale)」と呼ぶ。
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