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6月3日の記念日

いのりの日

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社会・国際制定:長崎県島原市(1998年)

由来・理由

1991年(平成3年)6月3日16時08分、長崎県島原半島の雲仙普賢岳で溶岩ドームの崩落による大規模な火砕流が発生し、消防団員12名・警察官2名・外国人火山学者3名・住民6名・報道関係者20名(同行のタクシー運転手4名を含む)の合わせて43名が死亡・行方不明となった。この「6・3大火砕流」の教訓を風化させないため、1998年(平成10年)に長崎県島原市が「いのりの日」を制定した。毎年6月3日、火砕流発生時刻である午後4時8分に市内でサイレンが吹鳴され、市民が黙祷を捧げるほか、献花所の設置や慰霊の鐘の警鐘、夜には灯籠を灯すキャンドル点灯式などの追悼行事が営まれる。

雑学・小話

犠牲者に含まれる3名の外国人火山学者は、フランス人の火山学者夫妻モーリス・クラフトとカティア・クラフト、そしてアメリカ人火山学者ハリー・グリッケンだった。グリッケンは1980年のセントヘレンズ山噴火の直前に観測地点を離れて難を逃れたが、恩師である火山学者デイビッド・ジョンストンはその噴火で命を落としており、11年後に雲仙で自らも火砕流の犠牲となった。クラフト夫妻は、多くの報道関係者が撮影していた「定点」よりもさらに山側へ約200メートル進んだ地点で火砕流を正面から撮影しようとしていたとされる。モーリスは噴火前日の取材で、長年火山とともに生きてきたことに悔いはなく死を恐れていない、という趣旨の発言をしていたと伝えられる。夫妻は1985年のコロンビア・ネバド・デル・ルイス火山噴火の惨状を記録したビデオを制作しており、噴火の懸念が高まっていたフィリピン・ピナトゥボ山周辺では、このビデオがコラソン・アキノ大統領ら政府関係者に上映され、住民避難の必要性を説得する材料となったとされる。同年6月15日のピナトゥボ山噴火では事前に大規模な避難が行われ、多くの命が救われたとされる。

雲仙普賢岳火砕流島原火山防災追悼
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