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7月18日の記念日

ネルソン・マンデラ国際デー

カテゴリ

社会・国際制定:国連(2009年)

由来・理由

南アフリカ共和国の反アパルトヘイト運動指導者ネルソン・マンデラが1918年7月18日に誕生した日に由来する。2009年11月10日、国連総会は決議A/RES/64/13を採択し、弁護士・自由の闘士・国際的な平和の仲介者として67年にわたり人類に尽くしたマンデラの功績を称え、7月18日を「ネルソン・マンデラ国際デー」として制定した。

雑学・小話

ネルソン・マンデラは1918年7月18日、南アフリカ東ケープ州の小さな村に生まれた。弁護士として活動する中でアフリカ民族会議(ANC)の活動家となり、アパルトヘイト(人種隔離政策)に抵抗する運動を指揮した。 1964年6月、国家転覆を企てたとして終身刑の判決を受けたリヴォニア裁判ののち、ロベン島刑務所に収監された。27年に及んだ獄中生活のうち18年間をロベン島で過ごし、石灰岩の採石場での重労働によって目や肺を痛めたと伝えられる。1982年にポルスモア刑務所、1988年にはビクター・フェルスター刑務所へ移送され、劣悪な環境は続いたが信念は揺るがなかった。国際社会からの釈放要求が高まる中、1990年2月11日についに解放された。 釈放後のマンデラが選んだのは報復ではなく和解だった。1993年にはアパルトヘイト終結への貢献により、当時の大統領デクラークと共同でノーベル平和賞を受賞した。1994年4月27日には南アフリカ初の全人種参加選挙が行われ、マンデラは同年5月10日に大統領へ就任した。1995年制定の国民統一和解促進法に基づき、デズモンド・ツツ大司教を委員長とする「真実和解委員会」が設置され、1960年から1994年までの人権侵害を対象に、報復ではなく証言と公開の対話によって過去を乗り越えようとした。 マンデラ国際デーでは「67分間の奉仕活動」が呼びかけられる。これはマンデラが67年間にわたって公共のために尽くしたことにちなむもので、国連職員をはじめ世界各国の政府機関・学校・市民団体がボランティア活動を行う日として定着している。67分間でいいから誰かのために行動しようという思想は、世界中の人々に受け継がれている。マンデラは2013年12月5日、95歳でその生涯を閉じた。

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